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ミクロに没頭するシリコンバレー

2001年3月19日[BizTech eBiziness]より

 アメリカ経済が失速していることは事実だ。それをどう解釈するかは、いずれきちんと「日経ビジネス」に書くつもり(「株価下落をこれ幸いにリストラ」として収蔵)だが、そういうこととは独立に、シリコンバレーの連中は相変わらず元気だという話を今回はしたいと思う。

 日本もそうだが、特に若い人達は、経済全体がどうなのかなどというマクロなことより、自分がやりたいことに没頭するほうが健全だ。そういうエネルギーがあってこそ、経済は復活するのである。

 前回の本欄では、日経パソコンからの転載で、「マクロで行くか、ミクロに行くか」という文章を掲載したが、その中で、『シリコンバレーの人たちは、楽観的というか、あまり深く考えていないというか、マクロなことに対しては「なるようにしかならんだろう」(一個人としては実に正しい考え方だ)という感じのいい加減さで処し、良く言えばミクロなこと、悪く言えば自分のこと(自分の会社、自分の事業、自分の投資、自分の生活)だけを考えて毎日を過ごしている。』と書いた。また、ベンチャーの連中は、『マクロなことを考える暇も意志もない』と書いた。

 本当にそうなのだ。これだけナスダックが暴落しても、さあこれから会社を立ち上げようとしている「本物たち」は、挨拶代わりにもマクロな話はいっさいしないのである。

 昨年から、私はPacifica Fundというベンチャーキャピタルを仲間たちと立ち上げたので、たくさんのベンチャーと真剣に付き合うようになった。投資に至るのは「100に1つ」であるが、そのプロセスで膨大な数のビジネスプランを読み、筋の良い会社の場合には創業者に何回も会って投資するか否かを決めていく。特にナスダック暴落以降、EXIT(株式を公開または自社売却すること)が簡単ではなくなったので、ベンチャー投資の選別はより厳しくなっている。

 私たちはアーリーステージに特化したベンチャーキャピタルなので、社員がまだ10名足らずというベンチャーに投資する。リスクは大きいが当たった時のリターンも大きいという「目利き」の勝負である。

 そんなプロセスの中で出会った、40代半ばくらいの1人の女性科学者の話をしよう。彼女は自らの発明を特許にして、その特許をベースにベンチャーを起こそうとして資金調達に奔走中だ。先週、私たち (Pacifica Fundのジェネラルパートナー全員)は、シリコンバレーで彼女を含む創業者たちに会い、この会社の技術と事業について議論する場を持った。

 ミーティングは、時候の挨拶もなく、彼女が自らの発明と特許について私たちに説明することから、いきなり始まった。マクロの話などいっさい出る余地などない。私は彼女の話をさえぎって、「コーヒーはどう?」と彼女に尋ねた。一瞬何のことを聞かれたのかわからないという感じの反応が彼女からあった後、「ありがとう、ブラックで」と彼女は言った。私はキッチンに行って、彼女のためにコーヒーをいれた。そして今度は、話に没頭する彼女をさえぎらないように、彼女の目の前にコーヒーを置いた。数分後、隣に座っていたパートナーから私にメモが回ってきた。「彼女はコーヒーの存在に気づいていない」メモにはそう書かれていた。

 2時間ほどそんな風に時が過ぎていった後、彼女はトイレに立った。立ちあがった彼女のスニーカーには、ぱっくりと大きな穴があいていた。というよりも中から素足がのぞいてしまうほど穴が大きくなっていて、すでにスニーカーの体をなしていなかった。彼女はそういうことにはおかまいなしだ。

 シリコンバレーがこういう人ばかりというわけではないのだが、まぁ、彼女は本物の天才なのである。天才が何かに没頭する姿というのは、やはりエネルギーを発散するものなのだ。このエネルギーゆえに、彼女のまわりには、シリコンバレーのベンチャーキャピタル数社が集まり、過去にベンチャーを成功に導いたことのあるCEO候補が、ベンチャーキャピタルの投資決定を待って、この会社に「暫定CEO」としてジョインするつもりでいるのである。

 むろん彼女には、『マクロなことを考える暇も意志もない』。マクロ経済がどういうことかもわかっていないかもしれない。少なくともマクロのことを考える前に、ずいぶん前に穴があいたはずのスニーカーのことを考えたほうがいい。

 さて次回も引き続き、シリコンバレーは元気だという話をしようと思う。

 宿題といっては何ですが、興味がある読者の方は、「FAST Company」という雑誌に掲載された「What's Next for the Net?」という特集を読んでみてください。これは同誌が、17人のシリコンバレーの経営者、ビジネスリーダー、ビジョナリーたちに「What's Next for the Net?」を尋ねた結果をまとめたものである。シリコンバレーの人たちの肉声に触れると、雰囲気がよりつかめると思います。次回は、この特集を題材の一部に使います。

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