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HPのコンパック買収が示唆する世界競争の現実

2001年9月10日[BizTech eBusiness]より

余談。「私のブックマーク」を更新しておいたが、「eBusiness関連のお勧めメールマガジン」を購読し、「基本的なニュースをチェックするサイト」と「ITビジネスや先端技術の専門情報を入手するサイト」に目を通しておくと、世界の流れは日本に居てもきちんとつかめるはずだ。

 9月3日のレイバーデー(祝日)に、「HPによるコンパック買収」のニュースが流れ、米国産業界に衝撃が走った。長引くIT不況がかなり大掛かりなIT業界再編が引き起こす可能性が強くなってきた。

 このニュースについての分析は、米国企業同士のディールだから当然の事ながら、米国メディアの報道情報が圧倒的にリッチだ。特に、ウォールストリートジャーナルの特集サイト「Computer Megamerger: Will bigger be better?」(有料)は多面的に(ウォールストリートの反応、合併作業の複雑さ・大変さ、欧州戦略や反トラスト法の問題、アジアにおける人員削減計画と雇用への影響、IBMとの競争の新局面、デルとの価格競争の今後、HPが支配的地位を占めるプリンタ市場への影響などなど)取り扱っていて、情報量が豊富だ。

 米国IT産業に興味のある読者の方には、是非こういう特集を「熱いうちに」(あるイベントの発生から時間があまりたたないうちに)お読みになられることをお勧めする。

 論評としては、エコノミストの「Wedding of the wallflowers」(「壁の花」の結婚)は相変わらずシニカルだが、参考になる。コンピュータ産業における大型買収後の経営は複雑さを極めるゆえ、HP/コンパックの将来に懐疑的な視線を向けている。コンパックは、97年9月にタンデムを買収(40億ドル)、98年1月にDECを買収(85.5億ドル)したわけだが、

「"Together we will shape the industry for years to come," boasted Ms Fiorina. That remains to be seen. Mergers have proved to be notoriously difficult in the computer business. In 1998 Compaq took over Digital, once also a computer high-flyer, but eventually ran into trouble. This is one reason why Compaq is now in turn being taken over by HP.」

 つまり、DEC買収後の経営がうまくいかなかった結果HPに買収されることになったのだから、HP/Compaqにも同じ危険があると指摘する。この感覚が、このディールに対するウォールストリートの反応の悪さの大きな要因となっている。

PC産業の本質はどう変わったか
 またこの機会に「PC産業とはどんなものになってしまったのか」に改めて思いを馳せる必要があろう。本欄7月16日の「IT産業から「夢とロマン」を奪おうと目論むデル」、99年5月に書いた「パソコンは製造業か、流通・サービス業か」など、私のアーカイブに載せたいくつかの稿もあわせてお読みいただければ、参考になると思う。

世界競争の厳しさ
 ところで、この買収発表直後の9月5日に東京で行なわれた、日経フォーラム「世界経営者会議」の中のジョン・チェンバース(シスコCEO)と出井伸之(ソニー会長)の対談で、興味深いコメントがあった。

 リゾート地などでよく開かれるCEOたちの集まる米国のコンファレンスでは、かなり大きなニュースが発表されると、スピーカーから思わぬ本音が出て面白いことが多い。この世界経営者会議での対談はそんな趣があったように感じられる。

「短期的には倒産や合併などの整理・統合が加速する。ヒューレット・パッカードとコンパック・コンピューターの合併はその具体化の一つ。ナスダック(米店頭株式市場)に上場している上位100社の半分はいずれ姿を消すだろう」

というチェンバースCEOのコメントはかなり過激だが、産業界の中核に存在する人が見ている未来が、ぽろっと垣間見えた感じだ。

 一方、出井会長の

「米国のIT企業の多くはある特化した分野に集中して事業を進めている。日本の大企業は様々な商品を手掛けるだけでなく生産から販売まですべて自前でやろうとする。行政にも浸透したこうした垂直的な構造を変えるべきだ」「日本の電機メーカーはどの事業分野に最も集中するのか、短刀を突きつけられている。他社と連合を組むことも模索すべきだ。1社で何もかもやることは不可能だ」

というコメントは、日本企業が置かれている事業環境の厳しさは、IT不況という循環的要因によるものだけではなく、本質的かつ構造的な問題であることを示唆している。

 情報・電機各社が相次ぎ数万人規模の人員削減策を打ち出していることについて意見を求められた出井会長の


「ミクロの立場にいる企業経営者が国というマクロのために余剰人員を抱え続けたら企業はつぶれてしまう」


というコメントは、全くその通りだと思う。

日本の構造改革とは
8月31日の日経産業新聞にこんな小さな記事を見つけた。

『東芝、日立製作所、富士通の大規模なリストラを「企業には社会的責任がある」と批判した塩川正十郎財務相と、東芝の西室泰三会長が30日の財政制度等審議会総会で顔を会わせ、直接議論を交わした。総会の冒頭で塩川財務相は「産業空洞化が景気に与える影響を産業界でよく考えてほしい」と述べ、リストラに傾斜しがちな企業経営の在り方にあらためて苦言を呈した。』

 日本の構造改革って何なんだろうと頭を抱えてしまう。

 出井会長もこうした政府の認識や日本の「世間の常識」に対して、「IT産業の世界競争の現実はそんな甘いものじゃないのですよ」と言外に強く主張しているのである。

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