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一時休載のお知らせと日本へのメッセージ
2001年9月17日[BizTech eBusiness]より
9月11日未明(西海岸時間)の衝撃を、僕は一生忘れないだろう。 9月中旬から少し長い休暇を取る予定で、本欄の原稿は既に3回分用意して、担当の山岸君に送ってあった。何事もなかったかのように、その原稿でこのサイトを更新することもできた。でも僕はあえてその原稿でこのサイトを更新したくない。 僕よりも若い読者が多いこのサイトなのではっきり言うけれど、世界の成り立ちを揺るがすようなことが起きたという認識を、読者の皆さんには正しく持ってもらいたいと思うからだ。 経済だITだとかいうことの基盤となる現代文明を否定しようとする勢力が勃興し、米国だけでなく国際社会全体に多大な脅威を与えている今、日本における最優先事項は、経済ではなく安全保障になった。 日本がとてつもなく弱いところだ。でもその認識を一人一人が持つことが絶対に重要だと思う。世界は変わってしまったのである。 世界経済へのインパクトだって、皆さんの想像を遥かに越えたものとなるだろう。 もちろん確かに、いつまでも皆が安全保障のことばかり考えていても、経済は立ち行かない。ある時期からは「Business as usual」を目指さなければならないとも思う。 でも、あまりにも安全保障のことを何も考えずに、「自分の仕事は経済だから」、「自分の仕事はITだから」と、その問題を避けて通ったり、全く無関心だったりする多くの日本人の意識に、僕は大きな違和感を持つ。 その違和感だけは、このサイトで表明しておきたいと思ったのだ。 実は、アメリカに短期出張中の顧客企業の若い日本人たちから、9月11日夕方に(あの朝から丸一日もたっていないときに)、彼らがこの事件から何の衝撃も受けていない、そしてこの事件に何の関心も持っていないことがよくうかがえる「日常的な仕事のメール」を受け取って、僕は驚愕した。 日本でいちばんいい大学を出て、技術者として最高に優秀な彼らには、アメリカという日本の同盟国が無差別テロ攻撃を受け、アメリカが「戦争」を始める不退転の決意をしたという事実の意味を、まったく理解できないのである。自分の問題として考えることが出来ないのである。 もちろん僕も素人だから、そんなに偉そうなことは言えない。 でも事の重大さに気づいて、真剣に悩んで考えることはできる。 昨日と違う今日を生きようと努力することはできる。 この機会に、仕事や趣味やIT、そんなことはいっときは横に置いても、日本や世界について、少し真剣に考えてほしいと思う。 僕のサイトで、ITやシリコンバレーの話を読んでくれるのは嬉しいけれど、しばらくは違うことに時間を使って欲しいと、そんな僕の気持ちを伝えたいと思ったので、このサイトもしばらくお休みにします。それほど経たないうちに、「Business as usual」に戻したいと思います。 テロ勃発から48時間後に僕が感じていることを文章にして、産経新聞に寄稿しました。産経新聞の御厚意により本欄への転載を快諾していただいたので、是非読んでください。 ではまた。 梅田望夫
−寄稿− 危機で見せたアメリカの強さ 2機目の航空機が世界貿易センタービルに突っ込んだのをテレビで見たとき、足が震えた。大変なことが起こってしまった。世界の成り立ちを支える基盤そのものが揺らいだのを感じ、すわ世界恐慌の引き金が引かれたのかとも思った。 しかし48時間たった今、私は全く異なる感慨を持つに至っている。平時には、社会の矛盾やダメなところが目につくアメリカだが、「有事において、この国は、国家として本当にワークするのだ」と、奇妙な安心感に包まれている自分に気づく。国家のリーダーシップというのはこういうことか、と思った。 危機にこそワークするアメリカの強さの源泉は何なのだろう。私がこの48時間に痛感したのは、プライオリティ(優先順位)付けの見事さであった。 これは、私がシリコンバレーで日々経験している「米国企業の経営」における強靭さとも相通ずるものなのだが、プライオリティ付けとは、「自らを取り巻く混沌とした状況」を正確に理解し、そこから瞬時に秩序を創り出す作業である。 いったんその秩序が生まれれば、あとは執行能力の問題にすべてを委ねることができ、皆の力を一気に結集することができる。 危機とは、自らを取り巻く混沌の度合いが急激に上昇することだと思うが、そういう状況の中、アメリカ政府も、マスコミも、アメリカ人1人1人も、正確な状況理解を共有した上で、きちんとプライオリティ付けをした。そしてその結果生まれた秩序に基づいて、社会がきちんと動いたのである。 たとえばこういうことだ。 事件発生からわずか一時間ほどで、膨大な数の死傷者が出た。しかし「死傷者の安否についての報道」は、かなり後になるまで全く行なわれなかった。 このテロ行為が世界の成り立ちを揺るがすものだと認識されたとき、アメリカにおけるファースト・プライオリティ(最優先事項)は、「この危機からのサバイバル」という一点に集約されたのである。 単なるテロ行為ではなく「戦争」行為なのだという「国家としての認識」をかなり早い時期に示した上で、米軍は最厳戒態勢に入った。これ以上事態が悪化しないための手を迅速に打ち、実行犯とその背後関係の特定、社会システムを復旧させるために必要な情報の収集、外交、目前で起こっている最悪の状況を改善するためにできることのプライオリティが急激に高まった。経済については株式市場を閉めた上で、プライオリティをぐっと下げた。マスコミもこのプライオリティ付けに基調をあわせ、私たち一人一人もそれを共有した。 「邦人の安否」をファースト・プライオリティとし、同盟国の危機に際して、リーダーは姿を現わさず(小泉首相の姿はアメリカ国民からは全く見えない)、コミットメントについて曖昧な表現に終始する日本の姿勢は、世界からさぞかし異様に見えていることだろう。欧州のリーダー達が見せた迅速で力強いコミットメントを、アメリカ国民は決して忘れないだろう。 アメリカは「戦争」に入る決意を固めたのである。湾岸戦争の時の比ではない。この凄さ、重みをきちんと理解しない日本のこれからを、私は深く危惧する。 正直に言おう。無事が確認された今となっては全く些細なことだが、事件が勃発したとき、私の妻は日本からサンフランシスコに向かう日本航空002便の機内に居た。「ハイジャック機が11機」という報道もあったこともあり、私は取り乱した。もう二度と会えないのかもしれないと、頭の中が妻のことでいっぱいになった。それは個人としてはとても自然のことだと思うし、友人達は皆、親身になって情報を集めてくれた。 でも、危機に際して国家が通すべき背骨とリーダーシップ、それを支えるマスメディアのあり方は、そういう個人の営みとは全く違うレベルの話に違いないと強く思うのである。 ■
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