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97年はどんな年だったか、98年はどんな年になるだろうか
1997年3月1日[コンセンサス]より
大事件が続いた97年10月から98年1月 97年10月の「米司法省のMicrosoft社に対する独占禁止法違反での提訴」あたりが、大事件の発端だった。本連載97年6月号では、「インターネット時代のMicrosoft社について考える」と題して、Netscape社を猛追するMicrosoft社の大戦略転換と、その産業における意義についてまとめたが、今回の裁判で争われているのは、そのMicrosoft社がOS(Windows)の独占状況を武器に、パソコンメーカに対して、無料ブラウザの「抱き合わせ」を行うことの是非である。なりふり構わず、「勝つ」ことに執着するMicrosoft社をめぐって、米国では「Microsoft社が正しいのか、司法省が正しいのか」についての本格的議論が始まった。今や、Microsoft社とビル・ゲイツは、米国の社会問題のレベルにまで来ている。 97年11月には、史上最大のM&A(企業の合併・買収)が起こった。米国長距離通信第2位のMCI Communications社を標的とした買収競争において、英国通信大手British Telecom(BT)社、米国地域通信大手のGTE社をおさえて、米国長距離通信第4位のWorldCom社が、MCI買収で合意したのである。総額370億ドル(約4兆8,100億円)の買収である。総売上280億ドル(約3兆6,400億円)の新会社「MCI WorldCom」は、AT&T分割後、地域通信と長距離通信の両方のサービスを提供できる初めての電話会社となる。長距離通信ではAT&Tに次ぐシェア約25%を握り、インターネット・サービス会社としては世界最大となった。 米国では、96年2月の連邦電気通信法改正で、長距離通信と地域通信の相互参入や、通信・放送の相互参入が認められ、日本と比べて言えば「何でもあり」の競争環境ができ上がった。こうして「世代交代を仕掛けようとすれば仕掛け得る環境」が整ったところに、WorldCom社が登場してきたわけだ。「世代交代を仕掛ける」ためには、「地域通信と長距離通信の両方を持ち、音声ネットワークではなくデータ通信インフラを押さえる」というWorldCom社の戦略は斬新で、今や「21世紀の電話会社のモデル」とまで称され、新会社のCEO、バーナード・エバース社長は「時の人」である。 97年12月には、米連邦地裁が、OSとブラウザのセット販売を停止する仮命令を下した。消費者運動家で有名なラルフ・ネイダー氏までがMicrosoft社攻撃に乗り出した。そして今年に入り日本でも、公正取引委員会がMicrosoft社日本法人に対して、独占禁止法違反の疑いで立ち入り調査を行なった。しかし一転1月22日、Microsoft社がOSからブラウザを一部取り除くことで、司法省との間で「玉虫色の和解」が成立した。 その直後、シリコンバレーに激震が走った。インターネット時代の旗手、シリコンバレーの新星、Netscape社の赤字転落のニュースである。97年度決算は、売上高5億3,400万ドル(約694億円)に対して1億1,500万ドル(約150億円)の純損失と赤字幅もかなり大きく、決算発表と同時に、人員削減を含めたリストラ案を発表した。94年4月に会社設立、その16カ月後には異例のスピード株式公開、その後96年初頭まで急騰した株価も今や「普通の会社」並みの水準で低迷している。本連載97年9月号では、「急成長のスピード感を体感してみよう」と題して、Netscape社の急成長にスポットライトを当てたが、Microsoft社の独占禁止法違反も辞さない攻撃の前に、今や「身売り話」までが公然と議論される事態を迎えている。さらにNetscape社は、最後の手段として「ソースコード公開」という捨て身の戦法で勝負に出ているが、それが吉と出るか凶と出るか、まだ見えない。 そのまた直後の1月26日、Compaq社によるDEC買収が発表された。買収総額は96億ドル(約1兆2,500億円)、今度はコンピュータ産業史上最大規模の買収である。Compaq社は、DEC買収をもって(Compaq社の買収後売上高は約375億ドル)、コンピュータの世界で、IBM(売上高約780億ドル)に次ぐ存在となり、「21世紀の世界一のコンピュータ会社」を目指すことになる。WorldCom社が「21世紀の世界一の通信会社」を目指す構図と酷似しているといっていい(表1)。 10月半ばの司法省によるMicrosoft社提訴から、1月末のCompaq社によるDEC社買収まで、ほんの3カ月半。年末年始の休みを差し引いて考えれば、実質的には1四半期(3カ月)の間に、これだけのことが起こってしまったのである。
Compaq社、WorldCom社に共通するのは、「時代の流れをとらえて勝負に出る」という経営観である 97年はどんな年だったか 表2は、97年という年を振り返り、意味するところを総括したものである。
94年頃から始まった「インターネット新時代」の覇権を賭けた競争の一つの結論として、「これからのほぼすべての新しい事業機会について、最終的には1分野に1社から数社が生き残る寡占型産業構造に向かう」ことが、ほぼはっきりしてきたことを真っ先に挙げておかねばなるまい。 Intel社、Microsoft社の例を持ち出すまでもなく、巨大市場で「事実上の標準」を握って寡占市場を楽しむことができたらさぞかし素晴らしいだろう。そう誰もが考える。ソフトウェアなどの知的所有権型事業は、初期にかかる開発費は膨大だが、生産機能の重要性はゼロ、つまり限界製造コストはタダに近く、寡占状況になって顧客がぐっと増えていくと、価格をどんどん安くして競争を仕掛けたり、高収益を上げて再投資したりでき、強者はますます強くなっていく。いわゆる「収穫逓増の経済」が働く世界となる。 インターネット新時代のインフラ事業の中には、OSやマイクロプロセッサのように、知的所有権をテコに「事実上の標準」を目指す対象がたくさんある。パソコン、テレビ、電話といった馴染み深いハードウェアが進化した世界、それを支える基本ソフトウェアや半導体の世界、通信ネットワーク分野の機器・システムの世界など、さまざまな分野で「事実上の標準」を目指す競争が繰り広げられている。 さらに最近わかってきたことは、インターネット新時代のサービス事業にも、この「収穫逓増の経済」が働くということである。そのビジネスの性格が「事実上の標準」を目指す競争によく似てくるのだ。「既存産業の価値連鎖の全体を情報ネットワークシステムによって代替させてしまう事業」を、米国では「インダストリー・イン・ア・ボックス」と呼ぶが、そのユーザ接点の部分がインターネット上のWebサイトである。インターネット新時代のサービス事業の本流だ。 既存産業の代替を仕掛けるAmazon.com社(書籍ネット通販)、E*Trade(株式ネット取引)のような会社は、一つの産業分野を選んで、「既存産業を代替する情報ネットワークシステム」に先行投資する。そして顧客を増やし、その分野での世界一を標榜し、寡占を目指していく。先行投資は、情報システムに対して行われるから、寡占状況さえ生まれてくれば、限界製造コストはゼロとなり、「収穫逓増の経済」が働く世界になるわけだ。
こんな事業環境変化を受けて、Microsoft社、Intel社、Cisco社といった大企業は、その持てる力すべてを使って、ベンチャー企業に競争を仕掛け、時には、ベンチャー企業を丸ごと買収してしまうといった戦略を執行し、寡占の勝者を目指すことになった。
「何か新しいことを、誰からもコントロールされずに思いきりやってみる」
98年はどんな年になるだろうか
98年のキーワードは、「経営執行力の競争」である。 ものすごく大きなことを考えるならば、大企業同士の合併だってやればいい。そう、もう机の上で考える時代は終わって、身体を動かして、勝負だ。 米国ハイテク大企業経営者は、こんな経営観のもと、全速力で走り出した。グローバル化が進むなか、日本企業にもこの余波がやってこよう。通貨危機で企業価値が下落した韓国企業の事業部門や子会社は、欧米企業の格好の買収ターゲットとなっている。日本も円安、株安が続けば、金融機関のみならず、製造業だって欧米企業の買収ターゲットとして浮かび上がってこよう。98年は想像以上の業界再編が日本でも起こってくるかもしれない。 最後に、インターネット・コマースの立ち上がりは注目に値する。97年半ばくらいから米国では、ネットワークでモノを買うオンライン・コマースがにわかに立ち上がり、97年末のクリスマス商戦では、約10億ドル(約1,300億円)以上の買い物を、消費者がWebサイト経由で行ったようである。 商品情報の豊富さ、セレクションの多さ、価格、この3点が購買時にとても重要になる商品群から、たとえば、書籍、音楽CD、ビデオ、コンピュータ関連、贈答品、トラベル関連、さらには自動車、証券取引、保険商品などが、次々とオンライン・コマースの対象となっているようだ。 いずれにせよ、ハイテク産業の今年の激動には引き続き目が離せない。そして、その震源は、相変わらずシリコンバレーを中心とした米国であることは間違いないだろう。 ■
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