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「シリコンバレー的世界」と「インターネット可能性信仰」

1997年4月1日[コンセンサス]より

PC世代からインターネット世代ヘ
 シリコンバレーに活動拠点を移して約2年半が経過しつつある。ハイテク産業のメッカ・シリコンバレーで、日本企業がこれから何をしなければならないのか、どんな風に変化していかなければならないのか、毎日毎日、そんなことを考えてばかりいる。

 「シリコンバレーに移りたい。シリコンバレーで今、何が起ころうとしているのか、現場にいて、この目で見極めたい。15年に1度の大変革を身体で実感したい。今を逃せば、後で絶対に後悔するに違いない」

 思えば3年前の94年の春、私はどうにも押さえようのない、こんな衝動にかられた。経緯は省略するが、この衝動の半年後に、私は東京での生活を引き払って、シリコンバレーにやってきた。

 当時、日本はバブル経済崩壊後の混迷がまだ生々しく続き、さらにアメリカから何年か遅れでやってきた第1世代(メインフレーム世代)から第2世代(PC世代)への世代交代に伴う痛みが、日本のコンピュータ産業を直撃していた。そして世の中は止まることなく激しく変化を続け、第2世代に続く第3世代(インターネット世代)の大変革の足音が、もうすぐそこまで忍び寄ってきていた。

 シリコンバレーの経営者・ジム・クラークは、第2世代の中でも最高の成功を収める自ら創業したシリコングラフィックス社会長の職を辞し、第3世代のベンチャー企業ネットスケープ社を設立した。そして彼は、インターネットに革命を起こし、モザイクというソフトウェアを開発した24歳の若者、マーク・アンドリーセンとともに、そのネットスケープという新しい会社で新しい冒険を始める決心をしたのだった。その行動に多くの人は「なぜ」と驚いたが、第2世代で主役を張ったように第3世代でも主役を張るためには、今新しいことを始めなければダメだとわかっていたに違いなかった。

 「シリコンバレーに移りたい」という衝動が私をとらえたのは、ちょうどこんな時期と重なっていた。そして今、私がここシリコンバレーで行っているのは、起ころうとする新しい大変革の本質を、日本企業や日本社会や日本人に照射しながら考えるという作業である。そんな営みの中から時宜に合った話題を選んで、本連載を続けてみたいと思っている。

目指すは“シリコンバレー”
 今年の新年の各社トップの年頭訓示を日経新聞で読み、少し驚いた。見出しには「スピード重視」とある。キーワードを抜き出してみたら、「スピード」「変革」「感動」「プロ意識」「新ビジネス」「イノベーター」「変化が常態」「適者生存」「個性的企業像」……。全部シリコンバレーのキーワードじゃないか。

 それだけ日本の大企業は、現在の閉塞感を打破するために、否応なく押し寄せる競争相手に勝つために、「シリコンバレー的世界」を何とか取り入れたいと考えているわけである。何もこれは日本の大企業に限った話ではなく、アメリカの多くの地方都市も、アメリカの多<の大企業も、同じように考え始めている。

 「シリコンバレー的世界」とは、ミクロには混沌としながらも、全体としてのエネルギー・レベルが極めて高く、人々が興奮している。その環境の中から次々と新しい技術や新しいビジネスが生まれる。そんな環境のことを言う。

 「何か新しいことを、誰からもコントロールされずに思いきりやってみる」

 そんな夢の集積が「シリコンバレー的世界」だと言ってもよいだろう。ミクロには「いい加減さ」を生む副作用もあるが、マクロには高いエネルギー・レベルとそれに支えられた成長をもたらしているのである。

“Right Time in the Right Place”
 ではなぜ今、シリコンバレーなのだろう。今やシリコンバレーは世界中の注目を集め、人が流れ込み、オフィス需要は逼迫し、日本企業の駐在者がアパートを探すのにも難儀するといった異常事態を迎えている。アメリカの中でも、シリコンバレー(正確にはサンタクララ郡)の平均賃金水準はニューヨークを抜き、全米で第1位となった。一昔前のアメリカに詳しい方から見れば信じられないことが起こっているという感じかもしれない。

 そしてしかもこんなブームは、私がシリコンバレーに移ってきた2年半前には感じられなかった、ほんのここ1、2年のことなのである。

 改めて、なぜ今シリコンバレーなのか。答えは「インターネット」の一語に尽きる。たとえば、地球全体が混沌としてきて将来が予測しづらくなり、シリコンバレー的経済モデルがある時期から機能するようになったのだと、後世の歴史家は分析するかもしれない。

 しかし、私の体感としては、それほど難しく考えることなく、「インターネット」の持つ可能性のあまりの巨大さが、「何か新しいことを、誰からもコントロールされずに思いきりやってみたい」と思う人たちをシリコンバレーが魅きつけ、「可能性が巨大なのだから、チップを張るようにいろいろな会社に投資しておけば、必ずどれかが大化けしてトータルでリターンがあるはずだ」と信ずるベンチャー・キャピタリストや個人投資家(エンジェル)の金が、シリコンバレーに流れ込んでいるためなのである。

 すべての源泉は「インターネットの可能性の巨大さ」というところにある。

 そして「インターネット」に賭けるほぼすべての人たちは、約15年前の「PC産業の勃興期」とこの15年間の「怒涛のようなPC産業の成長」を思いだしつつ、PCとは比較にならないほどの大きな可能性を秘めるインターネットに思いを馳せ、何が起こるのかわからないが、とんでもない成長がこの先に待っているという確信を持っているのである。

 「Right Time in the Right Place」という言葉を彼らはよく使う。文字通り訳せば「正しい時に正しい場所に居る」という意味だが、この言葉には、この15年間の「PC産業の成長」の嵐の中で、「正しい時に正しい場所に居た」だけで、企業は成長し、個人は富を創りだすことができたという「シリコンバレーの実感」がこもり、「正しい時に正しい場所に居なかった」人たちのやっかみの気持ちも少し混ざっている。今何でもいいから「インターネット」に関わるビジネスをやっていることが、「正しい時に正しい場所に居る」ことなのだというわけである。この感覚は信仰に近いと言ってもいい。図は、この信仰に近い感覚を何とか表現しようと試みたものである。

 たった15年で何十兆円規模の産業をほとんど何もないところから生み出したPC産業の種子は、今のPCと比較したら「ほとんど実用に耐えない、不満だらけの、スタンドアロンのPC」だった。私も学生時代、NECのPC-8001やPC-9801上のプログラムを、アルバイトでたくさん書いたが、当時を思いだせば、外づけの5メガバイト・ハードデイスクの後ろにはディスク固定用のスイッチがあって、固定するのを忘れて移動するとデイスクはクラッシュして使い物にならなくなるのが普通であった。正しく使っていてもコンパイラを動かしてハードディスクを酷使すればディスクはよく壊れ、ハードディスクなどは消耗品と考えていた。ノートブックPCに1ギガバイトのハードディスクが搭載され、落としても滅多に壊れない現在とは隔世の感がある。

 しかしそんな当時のPCの周辺に、その可能性に賭けた世界中の人々が群がり、巨大産業を作り上げてしまった。欧米の大企業に比べて「新し物好き」の日本のエレクトロニクス企業は、半導体、液晶表示装置、多種多様な電子部品、PC、周辺機器など、ハードウェア製品への偏りはあるが、膨大な新市場創造プロセスに貢献してきた。日本のエレクトロニクス企業もまた、「正しい時に正しい場所に居た」と言えるのであろう。

現在のインターネットは“15年前のPC”
 産業の種子ということで比較したとき、当時の「ほとんど実用に耐えない、不満だらけの、スタンドアロンのPC」に今相当するのは、「当時のPCの何万倍という性能のPCをノードとして、それらが数千万台以上、インターネットを介してつながった状態」とでも表現できようか。当時のIBM-PC標準、DOS標準に相当するのが、WWWをはじめとする各種インターネット標準やJavaである。PCの可能性の大きさに比べ、インターネットの可能性の巨大さは測り知れないというロジックである。

 「インターネットは遅い」「英語ばかりだ」「高いし、つながらない」「欲しいものに辿り着く前に、屑のような情報の海で溺れてしまう」「セキュリテイが心配だし、プライバシーの問題はどうする」「誰も金を支払いたいと思っていないのだからビジネスなど成立するはずがない」……。

 あまりにその可能性が喧伝されるから、インターネットヘの不満や心配を少しは口にしてみたくなるのは当然の心理である。アメリカでも、イーサーネットの発明者、ボブ・メトカルフが「インターネット崩壊説」なるものを95年末から発表し続けている。ただ本人も本気でインターネットが崩壊すると思っているわけではなく、産業がきちんと成長していくために克服すべき課題をまとめて、警鐘を鳴らしているというのが本音という。

 現在のインターネットの不満や心配の多くは、15年前のパソコンの外づけのハードデイスクの後ろについたディスク固定用のスイッチのようなものである。時が来れば解決して皆忘れてしまうだろう。

不思議な産業・インターネット
 ただ、すべての不満や心配が、そういう風に単純に解決するとも思えない。

 しかし私は、PC産業がそうであるように、インターネット産業は「矛盾や不満や心配を抱えながら、その本質的問題が部分的に解決されなくても」その可能性の巨大さゆえに成長していく「不思議な産業」であり続けるような気がする。考えてみれば、PCという製品は、口の悪い人に言わせると「いつダウンしてしまうか予測がつかない、依然として不完全な製品のまま」となるように、15年前の本質的問題が部分的に解決されぬまま残っている製品だと言えば言えなくもない。しかし一方で、たとえば3年問ほとんどPCを使わなかった人でも、技術進歩が目覚ましいため、新製品に惹かれ、今度こそ使えそうな気がして買い替えるという「不思議な製品」でもある。矛盾や不満がありながらも「可能性」を買っているという状況を包含したまま、一大産業になってしまったという側面も否定できない。

 インターネット産業も、可能性の巨大さに比例するだけの大きさの矛盾や不満を抱えたまま、急成長を続けていくに違いない。少なくとも「シリコンバレー的世界」の人たちはそう信じている。何はともあれ、こんな「インターネット可能性信仰」に支えられ、シリコンバレーは元気で面白い。そんな空気をできるだけビビッドに、いろいろな観点から、本連載ではご紹介していきたいと思う。

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