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IT産業のエリート100人
1999年2月1日[コンセンサス]より
Upsideとは何か 読者の方からこんな質問を受けることがよくある。 そんなとき私が推薦するのは『Upside』という雑誌だ。http://www.upside.comでアクセスすればインターネットからも読むことができる。1996年頃は、日経ビジネス誌が『Upside』と提携関係にあったので、日本語に翻訳された主要記事を日経ビジネス誌上で読むことができたが、最近は全く掲載されなくなっているので、英語で原文に当たるしか方法はないと思う。
Upsideという言葉を普通の辞書で引いても、その解説は極めて簡潔で何のことかよくわからない。たとえば、研究社リーダーズ英和辞典で引くと、 シリコンバレーや米国ハイテク産業において、日常会話の中ですら頻繁に使われるこのUpsideという言葉の本当の意味は、「保有している株式の株価が猛烈に上がることによって生まれる益」のことである。 たとえば、ベンチャー企業を起業すると、創業者はその企業の株式の一部を所有することになる。失敗すれば、その株式は紙切れになってしまうが、その企業が株式を公開すれば、一株10ドルとか15ドル、場合によっては数10ドルの値がつくこともある。その企業自身に高値がつき、たとえばMicrosoft社に買収される場合にも、保有していたそのベンチャー企業の株式がMicrosoft社の株式に転換される。創業者の場合、それだけで数10億円、場合によっては100億円以上の資産を手にすることになる。こんな現象を、Upsideと呼ぶのである。 「会社を辞めようと思うんだ。ある大手企業からの誘いは、高給で魅力があるからさ。でも、Upsideがないのがどうも面白くないんだ。それで、もう一つの誘いは、できたばかりのベンチャー企業からで、給料は安いんだ。でも、成功したときのUpsideがでかいからなぁ。まだ迷っているんだよ」 Upsideという言葉はこんな風に使う。 シリコンバレーをシリコンバレーたらしめる本質を表わすこの言葉を冠する『Upside』という雑誌は、シリコンバレー流アメリカン・ドリームを体現する雑誌なのである。
『Upside』誌が選んだ「1998 Elite 100」 「Our list of the 100 most influential people of the digital world」(デジタルワールドにおいて最も影響力のある100人のリスト) というのが「1998 Elite 100」の副題となっている。この「影響力」というところがポイントだ。この100人が何かのアクションをとると産業が動く。そんな「影響力」が人物選定の基準となっている。 16のカテゴリ別に、それぞれ4人から10人くらいのエリートたちが選出されてトータルで100人という構成になっている。
この16のカテゴリの選び方自身が、シリコンバレーの流儀をよく現わしている。
特徴的なのは、幅広く「専門性の高いプロフェッショナル」たちが選出されていることだ。16カテゴリのうち、(7)(8)(12)(13)(16)の5カテゴリ(実際には100人のうち25人)がそんな人たちだ。
さて、本題に入る前に、クイズを一つ。 正解は、ソフトバンクの孫正義氏である。 ソフトバンクの孫氏ほど、日米で評価が異なる人はいないと思うが、シリコンバレーの常識からすると、多くの大手日本企業の経営スタイルではなく、ソフトバンクの流儀こそが、現代ハイテク産業を生き抜いていくための理想的な経営手法だということになるのである。
Titans(巨人、超大物)
孫氏もその1人に選ばれたこのカテゴリは、エリート中のエリート8人である(表1参照)。 リストのトップに挙げられているのが、Cisco Systems社CEO(最高経営責任者)のジョン・チェンバース氏だ。 産業全体が、PC時代からインターネット時代へと確実な移行を見せる中、Cisco Systems社をこの5年で、インターネット時代の通信インフラの最も重要な部分を担うナンバーワン企業に成長させた手腕が、選出された理由だろう。 続いて、言わずと知れたMicrosoft社のビル・ゲイツ氏。解説は不要だろう。 そして、次がMCIWorldcom社CEOのバーナード・エバース氏。日本ではほとんどなじみがない人だ。Worldcom社CEOだった同氏は、97年11月、総額370億ドルのM&AによってMCI社を買収し、「電話会社の21世紀モデル」とも称されるほどの帝国を築き上げた。総売上280億ドルの新会社は、AT&T分割後、地域通信と長距離通信の両方のサービスを提供できる初めての電話会社となり、長距離通信ではAT&Tに次ぐシェア約25%を握り、インターネット・サービス会社としては世界最大となった。 続いて、Apple社の再建に成功したスティーブ・ジョブズ氏。Apple社暫定CEOとPixar社CEOを兼務するタフネスぶりだ。 そして、America Online(AOL)社CEOのスティーブ・ケース氏。98年11月24日のNetscape社買収のニュースは世界に衝撃を与えたが、この「Elite 100」選出時点では、その実績は加味されていない。 ケース氏は、85年に同社を設立して以来、一貫して一般消費者(コンシューマ)向けオンライン・サービスという分野の開拓に邁進し、一時の経営危機説も乗り切り、インターネット時代への方針転換も見事にやってのけた。ネットの時代が、一般消費者にも影響を及ぼしはじめた昨今、一般消費者のネット上での行動原則を知り尽くし、それを強みに積極的事業展開をはかるケース氏の「影響力」は計り知れないということなのだろう。 続いてDell Computer社CEOのマイケル・デル氏。市場予測をもとに大量生産計画を立て、部品を大量に仕入れて組み立て、販売チャネルに対して集中出荷する「大量見込み生産モデル」が普通だったPC産業という巨大産業を、同氏は全く新しい産業に変えてしまった。創業者でもある同氏はまだ33歳。14年前、18歳の時に始めた「直販・受注生産モデル」によるPC事業を徹底的に突き詰め、「究極の製造業のモデル」とも言われるDell型ダイレクトモデルという生産方式を打ち立てた。競争するPC企業は、ほぼすべてサプライチェーン・マネジメント革新を余儀なくされている。 そして、Microsoft社の共同創業者で投資家のポール・アレン氏。この人も日本ではあまりなじみがない。ゲイツ氏と一緒にMicrosoft社を創業したが、病気のため83年にMicrosoft社の経営から退いた。しかし創業以来のMicrosoft社株式を手放さなかったため、現在の個人資産が約220億ドル。日本円で言えば、2兆5,000億円はくだらない。途方もない『Upside』である。この個人資産を活用して、同氏はケーブル産業をはじめ、スケールの大きな投資活動を行っている。 この7人に並んで堂々の「Titans」入りを果たしたのが、ソフトバンク社CEOの孫正義氏である。同社を上場した資金を元手に、Ziff-David社など大企業数社を買収。さらに、Yahoo!社をはじめとする有望インターネット・ベンチャー企業に公開前に次から次へと投資し、株式上場益も得つつ、日本市場への事業展開も積極的だ。
Visionaries(ビジョナリ)
続いて、Yahoo!社を創業したジェリー・ヤン氏とデビッド・ファイロ氏。95年創業時点から、広告収入を期待するポータル事業をイメージし、全速力で駆け抜けてきたことがビジョナリとして認められたゆえんである。しかし、99年以降は、America Online社によるNetscape社買収効果も含め、さらに厳しい競争に直面することは間違いなく、彼らの「真のビジョナリ性」が試されよう。 そして、Microsoft社CTO(最高技術責任者)のネイサン・ミルボルド氏だ。「IQの高さ」を基準に人を評価するゲイツ氏が驚嘆するほどのIQの持ち主。車椅子の天才物理学者・ホーキング博士のもとで研究していたこともある。ゲイツ氏の右腕的存在で、同社の数千億円規模の研究開発を方向づけている。 続いて、ワールドワイド・ウェブ(WWW)の基本概念を提示したティム・バーナーズ・リー氏。インターネットの商業利用が本格的に始まったのが94年であるが、その数年前に書かれた同氏の論文がなければ、モザイク(初期のブラウザ)が93年に生まれることはなく、インターネット時代の到来は間違いなく遅れたと言えるだろう。 現在はW3C(World Wide Web Consortium)においてディレクタを務め、次世代WWWの研究に携わっている。 そして、Sun Microsystems社研究担当副社長のビル・ジョイ氏が続く。同社創業者の一人だが、ある時からコロラド州アスペンという米国でも有数のスキー・リゾートに拠点を移し(同氏のための研究所がある)、未来の技術を構想する毎日だ。うらやましい限りの生活スタイルも含め、ビジョナリかくあるべし、を実践している。最も新しい成果物は、次世代情報ネットワーク環境における新標準「Jini」である。 続いて、98年にはじめて注目を集め、99年にはその流れが本格化するであろうPC用無料UNIX「Linux」の開発者、リーヌス・トーバルズ氏。オープンソースについては、98年10月号「オープンソースとは何か」で詳述したので詳しい説明は割愛するが、一言でいえば、膨大な数の世界中の優秀プログラマが無償で自発的に参画する全く新しい大規模ソフト開発プロセスをオープンソースという。トーバルズ氏は、その優秀なボランティア・プログラマにとってのアイドル的存在といっていい。 「情報通信インフラにおける汎用性の高い大規模ソフトのほぼすべてが、営利企業内で開発・販売されるのではなく、オープンソース型開発の結果として、ほぼ無償に近い形で世界中のユーザに配布されるべきだ」 というのが同氏の主張だ。この世界観はMicrosoft社の世界観と真っ向から対立し、Microsoft社支配を根底から覆す可能性を持っている。 そして最後が、RSA公開鍵暗号システムの発明者の一人でMIT教授のロン・リベスト氏だ。同氏の成果は、暗号の世界における究極の仕事と言われている。 以上がビジョナリ分野でランクインした7人である。 本稿でご紹介できたのは、2分野のたった15人だが、世界のハイテク産業は、こうした個人の偉大な仕事が牽引する形で、日々激しいスピードで進歩を続けているのである。 ■
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