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BUY.COMの登場は何を意味しているのか

1999年6月2日[コンセンサス]より

ある体験
 そろそろコンテンツも充実してきたようなので、DVDを買おうと思った。

 近所のサーキットシティ(AV、家電、パソコンの量販店)に行き、いろいろと説明を受け、あるメーカのDVDプレイヤーを選んだ。

 その日のうちに何本も映画を見るつもりはなかったが、せっかくハードを買うのならソフトの何枚かも一緒にほしいと思い、DVDソフトの陳列棚の方に向かおうとすると、店員が私にささやく。

「うちのソフトは高いよ。BUY.COMで買うのがいい。ほとんどの映画が15ドルで買えるんだから。もちろんインターネットは使えるんでしょ」

 確かにサーキットシティに並ぶDVDソフトの多くは、20ドル台半ばから後半の値札がついている。BUY.COMで買えば、1本あたり約10ドル、場合によっては15ドル近くも安くなる。そしてただ節約できるという以上に、1本15ドルならかなり気軽にDVDソフトを揃えることができるという大きなメリットもある。

 私は彼の忠告に従い、DVDプレイヤーと、試しにすぐ見てみたいDVDソフトを1本だけ、24ドル95セントで買った。

 帰宅してすぐ、BUY.COMのサイトにアクセスし、DVDソフトを10本注文した。輸入ソフトが少し高いのを除けば、ほぼすべてのハリウッド映画のDVDソフトは14.99ドルで買うことができた。映画10本のトータルが170.26ドル。消費税と送料(到着は7〜10日後)の合計24.85ドルを加えても、全部で195.11ドルであった。ちなみに、近所のタワーレコード(AVソフト専門店)で、全く同じ商品の価格を調べたところ、消費税込み(送料はもちろんなし)トータルは315.55ドルだった。

 BUY.COMはどうしてこんなに安いのだろう。

 それはBUY.COMが毎月数億円規模の赤字を出しながら、商品を仕入れ価格そのもの(または以下)で売っているからである。BUY.COMは賛否両論渦巻くことも含め、米国でいま最も注目を集めるインターネット・ベンチャー企業の1つなのである。

「The Lowest prices on Earth」というブランド
 BUY.COMが、「商品を仕入れ価格そのもの(または以下)で売る」ビジネスをインターネット上で展開する理由は、「The Lowest Prices on Earth」(地球上で最低価格)というブランドを構築することで、eコマースのポータル、または最近よく使われる言葉では、Major Shopping Destination(destinationは行き先の意)を目指しているからである。

 当然のことながら従来の小売業は、仕入れ価格に適正なマージンを乗せて顧客に商品を提供するのが当たり前であった。だからその常識から見れば、BUY.COMの事業は成立するわけのない無謀な事業に見える。

 しかし、Yahoo!の例を考えてみよう。Yahoo!が取り扱うのは、目には見えないが「情報という商品」である。その「情報という商品」を無料で提供する見返りに、Web上に膨大な数のビジターを集め(米国では、アイボール、目の玉を集めるという表現をよく使う)、その価値が広告収入を生み出した。

 そのアナロジーでいけば、BUY.COMが目に見える商品を「マージン無料」で提供する見返りに、Web上に膨大な数のビジターを集めることができれば、その価値は計り知れない。Yahoo!のような情報系ポータルよりも顧客と直接深い関係を構築するのだから、それ以上の価値が生まれるはずだ。BUY.COMはこんな思想に賭けたベンチャーなのである。

 顧客は「安い」という理由だけでモノを買うわけではない。商品の品揃えがよく、便利で快適に簡単に、特にトラブルもなく買い物ができることも重要な要素だ。

 しかしフィジカルな小売業と少し違う点がある。

 たとえば私がBUY.COMで10本のDVDソフトをどんなふうにして買ったかを再現してみよう。DVDソフトを選ぶに際して、題名だけでなく監督や俳優をキーワードにしていろいろと試行錯誤してみたかった私は、BUY.COMのユーザ・インタフェースに不満を持った。そこで、映画ビデオ販売専業でデータベースも充実しているReel.com(「The Best Place to Buy Movies」というのが、Reelが構築しようとしているブランド)で試行錯誤しながら買う映画を選んだ。しかしそのままReel.comにとどまって注文まで済ませるのではなく、BUY.COMとの間を行きつ戻りつしながら最終的にはBUY.COMですべてのソフトを買ったのだった。BUY.COMの方がReel.comよりも1本当たり平均3ドルは安く、2つのサイトを行きつ戻りつするのが至極簡単だったからである。

 フィジカルな小売業と違って、インターネット上では、店舗間の距離は問題にならないし、ショッピングバッグを放置したまま店を出て、また戻ってきてそのショッピングバッグに次の商品を入れるなんてことも簡単だ。だから総合点が高い小売りサイトだというだけで「最低価格」に打ち勝つことは、フィジカルな世界以上に容易ではないのである。

BUY.COMの野心(Ambition)
 BUY.COMの創業者・Scott Blum氏の野心は、「2003年に、売上高100億ドル(約1兆2,000億円)、グロスマージン(粗利)1%の事業に成長させること」である。

 BUY.COMが97年11月にウェブサイトを立ち上げた時点では、取り扱い商品はコンピュータだけであったが、次々と取り扱い商品を増やして、98年度売上高は1億2,500万ドル(約150億円)。99年度売上げは、4億ドル(約480億円)から6億ドルに伸びることが予想されている。(表参照)

BUY.COM社の概要
売上高1億2,500万ドル(1998年)
4〜6億ドル(1999年予測)
100億ドル(2003年 Ambition)
利益現在は数百万ドル/月の赤字
創業からの経緯1996年 創業
1997年11月 Webサイト立ち上げ
1998年 本格事業開始
1999年 CEOを外部からスカウト
1999〜2000年 株式公開を目指す
取り扱い商品コンピュータ、ソフトウェア、本、CD、ゲーム、ビデオ等 (Amazon.comを競争相手と意識)
従業員数たったの100名(大部分のオペレータはアウトソーシング)
マネジメント・チームScott Blum: Chairman & Founder(会長・創業者)
Greg Hawkins: CEO(最高経営責任者)
Allen Barbieri: President and CFO(社長兼最高財務責任者)
Robb Brock: VP of Information Services(サービス担当副社長)
Brent Rusick: VP of Sales and Operations(販売・オペレーション担当副社長)
Murray Williams: VP of Finance(財務担当副社長)
John Herr: VP of Advertising Sales & Marketing(広告マーケティング担当副社長)

「赤字を出しながら売上げだけ伸ばすなんて簡単だ。誰だってできる」

 そんな批判もどこ吹く風で、Blum氏は信ずる道を疾走する。

 現在は売上げを伸ばし、顧客サービスを充実させることに専心するため、毎月数億円規模の赤字を垂れ流しているが、BUY.COMのバックには、インターネット長者のソフトバンクが控えている。ソフトバンクがBUY.COMの20%の所有権と引き換えに、98年に6,000万ドル(約72億円)の投資を行ったからである。

 この資金の一部を毎月毎月燃やしていきながら、BUY.COMは顧客獲得とブランド構築に疾走するわけだ。BUY.COMがこのまま順調に成長を続けていけば、ソフトバンクからの資金が尽きる前に、株式公開を果たすことになるであろう。そうなれば、調達資金をさらに燃やしながら2003年くらいまで走ることが許されるのだろう。ただその時に、Blum氏の言うように「売上高100億ドル(約1兆2,000億円)、グロスマージン(粗利)1%の事業」に成長しているかどうかは、すべて今後の競争次第である。

 今後取り扱っていく商品のために、BUY.COMは既に、Buyという言葉の後ろにさまざまな商品名をつけたドメイン名を4,000以上登録したという。もちろんBuycars.comという名称も含まれる(現在、BUY.COMのサイトに行くと、BUY.COM、Buysoft、Buybooks、Buyvideos、Buygames、Buymusicの6つのカテゴリーがある)。

 BUY.COMでもう一つ面白いのは、BUY.COMの事業と卸売業者との親和性である。

 現在のBUY.COMの事業は、在庫を自ら持たず卸売業者と提携し、注文をした顧客に対しては卸売業者から直接出荷される形を取っている。BUY.COMはマージンを乗せないので、顧客の支払い代金そのものが卸売業者のところに行くわけである。見方を変えれば、BUY.COMは卸売業者の顧客窓口と考えられ、「BUY.COMと卸売業者の総体」が新しい流通形態を提案しているかのようにも思える。

 そのことを象徴するかのように、BUY.COM創業者・Blum氏は、99年3月1日付けで、米国コンピュータ卸売業者最大手Ingram Micro社副社長のGregory Hawkins氏をCEOにヘッドハンティングして、自らは会長に就任した。ちなみに、Ingram Micro社は98年度売上げ220億ドル(約2兆6,400億円)の巨大卸売業者である。
 
古い産業構造をなぎ倒す新興勢力
 私が本稿でどうしても伝えたいのは、BUY.COMという会社そのものではなく、世界の中で米国だけで激しく進行するインターネット産業革命のリアリティである。

 最近のネット企業の株高がバブル的要素を含んでいることは、私も否定しない。

 また、たとえばBUY.COMが、将来利益を生むビジネスモデルであると証明されないまま資金調達の必要から株式公開したとき、創業者がビリオネアになってしまうというのも何だか腑に落ちない。ちなみに最近の米国の起業家は、ミリオネア(100万ドル、約1億2,000万円)は当たり前で、ビリオネア(10億ドル、約1,200億円)になって初めて注目を集める。

 しかし、インターネットの持つ信じられないほどの可能性を、米国だけが正しくゼロベースで評価しているためにこんな現象が起こっているというのも事実なのである。

「効率の悪くなった古い仕組みやそれに関わっている人々は、効率の良い新しいシステムや人材によって置き換えられてもいっこうに構わない。それは社会全体にとって良いことだ」

 米国という国にはこんな感覚が溢れている。建国以来の考え方といってもいい。この思想が、インターネット産業とあまりにも強く共鳴してしまったために、他国ではとても考えられないほど荒々しく、米国の企業や産業の姿が一変しようとしているのである。

 現在のネット企業の株高も、株式市場が、「この方向で動いてくれ。行けるところまで行ってみてくれ」と、インターネット産業に出したゴーサインなのだと解釈してもいい。

 BUY.COMのような新興勢力が、古い産業構造を破壊し、旧勢力からの富の収奪を行うことを「織り込んだ」上での株高なのである。

 一方日本をはじめアメリカ以外の国々では、インターネットの可能性をいくら頭で理解していても、金と力を持った体制側や投資家や事業主体が、インターネットによって古い仕組みを叩き壊すのだという強い意志を持たないため、せいぜい少しずつ動きがある程度で、アメリカと同じことはなかなか起こらない。これがインターネット産業革命をめぐる世界の現状なのである。

 果たして2003年にBUY.COMは創業者の野心を計画どおり実現していることだろうか。それはまだ誰にもわからない。ただ仮にBUY.COMが力尽きて倒れることがあったとしても、BUY.COMの登場が卸売業者をも巻き込んで競争環境を激化・加速させ、ここ数年の間に既存の流通産業構造をかなりの規模で破壊してしまうことだけは間違いあるまい。

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