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インターネット産業最前線からの報告

1999年10月6日[コンセンサス]より

Internet Outlook
 今回は「インターネット産業最前線からの報告」と題して、San Franciscoで9月13日、14日の2日にわたって開催されたコンファレンス「Internet Outlook」についてご報告しよう。

 Internet Outlookとは、Technologic Partners社が主催する年に5回開かれる「Outlook」コンファレンスの1つである。Internet Outlookは文字通り、インターネット産業、特にeコマースに関わる話題が中心だが、他の4つのコンファレンスは、Healthcare Outlook(ヘルスケアにおけるインターネット産業の展望、次回は99年10月28日)、Technology Outlook(インターネット産業の発展を支える新技術という視点からの展望、次回は99年12月6、7日)、Network Outlook(インターネット・インフラ産業展望、次回は2000年3月13、14日)、Enterprise Outlook(大企業情報システム環境の新事業の展望、次回は2000年6月28、29日)である。

 この「Outlook」シリーズは、ベンチャー・キャピタリストたちを集めて、産業のこの先にどんな課題や挑戦が待ち受けているのか、どんなベンチャー企業が有望なのかを議論するセッションと、当該分野の100社ほどのベンチャー企業を専門分野ごとに、それぞれホテルの一室を割り当て、自らの事業計画を発表させるセッションの2つが特徴である。

 2日間かけて、マクロ的な視点とミクロ的視点の両方が得られ、産業のこの先についての文字通り「Outlook」(眺望)が得られるわけである。ちなみに、Internet Outlookの参加費は1,699ドル(約20万円)と決して安くないが、限定約600人参加のこのコンファレンスは、開催日の遥か前から満員札止めになる。

 参加者の真剣さや、提供される情報の質は、コムデックスのようにほぼ無料に近いコストで参加できるコンファレンスとは桁違いである。「時間が最も大切な資源だ」ということに気づいている人たちにとっては、短期間に集中的に、大切なことだけが学べて、産業界に大きな影響を与える人々と知り合えるこうした機会に対して、この程度の経費は惜しまないのである。
 eコマース関連分野の膨大な数のベンチャー企業を、日本全国の高校の野球部にたとえれば、このInternet Outlookで選ばれて発表の場を得た約100社のベンチャー企業は、さしずめ甲子園出場校といったところだ。この100社のすべてが成功を保証されているわけではないが、かなり有望なベンチャー企業であることは間違いない。

 eコマース関連ベンチャーは、より細かくは、次の12分野に分類され、各分野でのWinner候補者が5社から10社程度集められているというイメージである。

Advertising and Promotion Services広告、プロモーション・サービス
Auction Servicesオークション・サービス
Commerce Enablerseコマース促進のための
重要コンポーネント
Customer Interaction顧客とのインタラクション
E-mail SolutionsE-mailソリューション
Electronic Distribution電子配信
Financial Servises金融サービス
Online Communitiesオンライン・コミュニティ
Online Retailing and Servicesオンラインの販売・サービス
(いわゆるeコマース)
Online Securityオンライン・セキュリティ
Web ToolsWeb構築ツール
Web-site Support Webサイト・サポート

 とにかくインターネット産業を構成するベンチャー企業のすそ野の広さは、日本で想像するイメージを遥かに越えている。何かの事業機会の周辺には必ず数社から数十社が群がり、熾烈な競争が行われている。

既存産業からの売上げの強奪
 eコマースとは、既存産業からの売上げの強奪である。Amazon.com社の隆盛は旧来型書店の崩壊を意味し、MP3の登場によって、既存音楽流通の仕組みはぶち壊されてしまうだろう。

 eコマース各社が「Market Opportunity」(市場機会)と称して、まず主張するのは、売上げ強奪先の既存産業の市場規模のことである。

 たとえば、ペット用品のネット販売を目指すPets.com社は、ペット用品市場の大きさが約236億ドルであるというデータを示しながら、その事業可能性を主張し、ガーデニング(家庭園芸)用品のネット販売を目指すGarden.com社は、ガーデニング用品市場の大きさが約300億ドルであることで、自社の有望性を主張する。既存産業の10%がネット販売に移行するだけでも、それぞれ2,000〜3,000億円規模の新市場が生まれるではないかというわけだ。

 金融分野のeコマースを目指す企業群は、製品販売市場に比べて金融市場の市場規模がいかに巨大かを盛んに主張する。100億ドルから200億ドルレベルの市場規模の書籍販売やCD販売の市場に比べて、自動車保険の契約額は一桁大きいぞ(1,200億ドル市場)、Mortgage Loan(担保付き融資)市場はそのまた一桁大きいではないか(1兆5,000億ドル市場)、そのすべてがいずれはインターネット産業そのものになるのだから、信じられないほどの事業機会が広がっていると彼らは主張するわけだ。

 思いつくすべての既存産業や既存の経済の仕組みについて、こんな主張のもとに試行錯誤を伴う新事業創造の巨大なうねりが始まっている姿は、凄みすら感じさせる。

 たとえば、ChannelPoint社がインターネットによって再構築しようと考えて選んだ「非効率な社会の仕組み」とは「米国における健康保険(Healthcare Insurance)情報の流通」である。紙情報を中心に流通されているゆえ、産業全体で約1,200億ドルのコストが発生している本分野では、インターネット化による効率化効果は約540億ドルにものぼると彼らは主張する。中途半端な額ではないのである。

 また、米国に暮らす私たちのDaily Life(日常生活)で、最もPainfulな(骨の折れる厄介な)仕事の一つは、チェック(小切手)書きである。電話料金や各種公共料金からクレジットカードの精算まで、実にたくさんのチェックを毎月処理しなければならない。

 このチェック書きのプロセスをすべてインターネット化してしまうのは、アメリカ全体の経済の仕組みを再構築するくらいの大仕事である。しかし、ファーストクラス・メール(第一種郵便物)の70%を占めるチェックの郵送コストは膨大で、そこから出てくるコスト削減効果ははかりしれない。

 米国で請求書発行量の多い企業トップ50社を取っただけでも、チェック郵送に関わる産業コストのインターネット化による想定削減額は、80億ドルにものぼると推定される。

「私はビタミンではなくて、Pain Killer(鎮痛剤)にしか投資したくない」

 あるベンチャー・キャピタリストは、今後の投資傾向についての会場からの質問に対して、こう答えた。

 「ビタミンではなく、Pain Killer」というのは、前述のチェック書きのような、Daily LifeにおけるPainfulな仕事から解放してくれるような効果を持つ「顧客にとっての価値がきちんと見える」新サービスのこと。「元気が出る」くらいの曖昧な効果しかない「ビタミン」ではインパクトが小さいと、そのベンチャー・キャピタリストは言いたかったのである。

 しかし、日常生活における「Pain Killer」を用意するためには、インターネット世界の話だけでは終わらず、フィジカルな世界の再構築を含み込んで実現しなければならない。チェック書きにしても、日常品の買い物にしても、簡単にインターネットに置き換えられる代物ではない。だからこそ、その分野の「Pain Killer」たらんとするためには、産業レベルでのスケールの大きな「ぶち壊しと再構築」が必要なのである。

 その証拠に、ChannelPoint社は、すでに総計3,500万ドルの出資を、ベンチャー・キャピタルからだけでなく、産業レベルでの再構築の担い手となろうとしている大手コンサルティング会社、アンダーセン・コンサルティングからも受け、来年までには株式公開を行ない、さらに巨額の資金調達を計画している。こうしたChannelPoint社のようなベンチャー企業には、成功するまで誰かが資金を供給し続けていくのだろう。「ここはインターネット化してしまうぞ」という「暗黙の社会の了解」ができると、資金が供給され続ける仕組みが、今米国には揃ってきたのだと思う。これが、インターネット産業最前線での凄みの源泉であり、米国以外の国に住んでいてはなかなか実感できない重要な感覚の一つなのである。

独特の面白い言葉
 本稿の主旨は、インターネット最前線での活動がいかに激しいかの雰囲気をお伝えすることなのだが、最後に、このコンファレンスで拾い集めた「面白い言葉」をご紹介しておこう。
 前述した「Pain Killer」というのも、最初、何のことだろう、耳慣れない言葉だな、と感じた面白い表現であった。

(1) Brick and Mortar(ブリック・アンド・モルタル)
 文字通りの意味では、煉瓦とモルタル(セメント)。現実の家や店舗を建てるのに必要な建材のことである。インターネットの世界では、店舗を出すのに「ブリック・アンド・モルタル」は必要ない。だから、たとえばAmazon.com社によって置き換えられてしまう旧来型の書店に代表される、現実の店舗などの構築物を必要とする既存産業のことを総称して、「ブリック・アンド・モルタル」と呼ぶのである。
 インターネット世界の住人からは、やや蔑称的に使われることが多い。たとえば、『バーンズ・アンド・ノーブル(大型書店チェーン)は、「ブリック・アンド・モルタル」のくせにインターネット世界に中途半端に入ってきたから成功しないのだ』というような言い方をする。

(2) BDC(Big Damn Company)
 あるパネルディスカッションで、パネルの皆がBDCと言いながら「大企業がインターネットに参入して失敗する例」について話をしているので、何のことか最初はよくわからなかったのだが、「大きくてすごく馬鹿な会社」という意味であることが、しばらくしてわかった。これは「ブリック・アンド・モルタル」以上の、大企業に対する「明らかな蔑称」である。

(3) Sticky site(ねばねばしたWebサイト)
 Stickyの文字通りの意味は「ねばねばした」という形容詞。Stickinessと名詞にして「ねばねば度」みたいな意味でも使われるが、「ねばねばしたWebサイト」とは、コミュニティ・サイトのように「顧客がそのサイトにずっと張り付いてチャットしていたりするサイト」や、いつも何かあるとそのサイトに戻ってくるという意味で「顧客のロイヤリティ(忠誠心)が高いWebサイト」を言う。
 ある大きなセッションのテーマは、「いかにしてねばねば度の高いWebサイトを構築するか」というものであった。

(4) Super Glue(強力接着剤)
 Sticky site(ねばねばしたWebサイト)を作るための決め手となるようなサービスやコンテンツのことを言う。

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