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大企業は今こそスピンオフ戦略を
本物の日本ベンチャー創る絶好機

2000年5月15日[日経ビジネス]より

 「ああ自分たちは今、この瞬間、間違いなく世界と競争しているんだな」。そんな感覚を共有したことのあるチーム。そのチームの精鋭の周りに、優秀な若者や経験ある大人が集まったとき、本物のベンチャーが生まれる。

 現在の日本のベンチャー世界には、残念ながらほんのわずかの例外を除き、「世界を意識した経験ゆえに強い絆で結ばれた一流のチーム」は流れ込むに至っていない。話題沸騰のビットバレーに決定的に欠けているのもこれだ。では果たしてどこを探せばそんなチームがいるのだろうと、日本中を見渡してみれば、彼らが相変わらず、大企業の中で何かを成し遂げようと模索して苦しんでいる姿が見える。

人材と知的所有権失い株式を得る
 本稿での私の提案は、大企業のスピンオフ戦略である。大企業が「一流のチーム」を外に出し、本物のベンチャーを創り出す戦略の提案である。

 日本にもハイリスク型株式市場とベンチャー投資資金が豊富になった今こそ、大企業はその戦略的意味を理解すべきであろう。社内に置いておくよりも外に出した方が生き生きと成長しそうな「一流のチーム」をスピンオフしてベンチャーを作れば、そこから先は、資金や経営力の調達も含め、すべてを市場に委ねることができるようになったことを意味するからだ。

 米国では大企業がスピンオフ戦略を実施したいと考えても、「一流のチーム」は自らの意思で退社してベンチャーを作ってしまう。だから米国にスピンオフ戦略の成功事例はそれほど多くない。しかしそれは、ベンチャー世界を支えるインフラが日本からは想像もできないほど充実していて、「一流のチーム」は安心して外に出て「一流の仕事」を続けられる保証があるからだ。むしろ「一流の仕事」を続けるために起業するケースも多い。

 しかし日本にはその保証がない。だからいくら「一獲千金の世界」が生まれたと言われたって実際には誰もまとまって動かない。それは活力がないからではなく、人生において「カネ」以上に「仕事の意義」を重要視する「一流の人間の矜持」ゆえである。

 ではスピンオフ戦略によって大企業は何を失い何を得るのか。答えはシンプル。失うのはチーム(つまり人材)と知的所有権。代償に得るのがスピンオフしたベンチャーの株式である。

 日本の大企業経営者の多くは、「人材と知的所有権を失う」と聞いた瞬間にすぐに拒絶反応を示すが、人材と知的所有権こそ「生鮮食料品のように放っておけば腐ってしまう財」だということに思いを馳せてほしい。

株式交換方式で買い戻すことも可能
 社内で生かせない人や技術を外に出して思いきり自由に飛翔させてみる。失敗してもその時にお互い望むなら人も技術も買い戻せる。成功すれば保有株式の価値は莫大なものになるし、その時点で本当にすべてを社内に取り戻したければ、株式交換方式で当該スピンオフベンチャーを買収すればいい(きっとそんな事例が現れる頃には日本でも株式交換方式が定着していることだろう)。

 AT&Tの機器製造部門と研究開発部門が母体のルーセント・テクノロジーズは、米国での数少ないスピンオフ戦略成功企業だが、1996年以降、知的所有権もベンチャーに譲渡する形でのスピンオフを次々と行い、私の知る限り少なくとも2社を「株式交換方式による時価での買い戻し」によって社内に戻している。

 日本のベンチャー世界に資金が豊富に流れ込んでいるのは基本的によいことだと思う。しかしこれからは、その資金を使って「真に価値ある企業を創り出す」新しい挑戦が待ち受けている。そんな今、大企業のスピンオフ戦略は、大企業を再生する1つの刺激剤であると同時に、日本のネット産業やベンチャー世界を、人材面から底上げする社会的意義も大きいのである。

掲載時のコメント:イノベーション可能性 × 経営執行力「この方程式が不等式に変わった時、バブルが発生したり、崩壊したりするのでは」と言う。

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