ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

牧歌的な自力再建はもうあり得ず
公開企業に課された過酷な新常識

2000年11月6日[日経ビジネス]より

 米老舗企業ゼロックスが大変なことになっている。

 18カ月前には60ドル前後で推移していた株価が、10月18日には 6 3/4ドルまで下落。10月24日、ゼロックスは、富士ゼロックス株の売却を含む大規模な資産売却によって、経営危機を乗り切る方針を打ち出した。

 ゼロックスの経営危機に関連して私が問題提起したいのは、経営危機に陥った時の企業の対処方法が、数年前と今とでは既に大きく変わってしまったのではないかということである。数年前ならば、ゼロックスは経営3カ年再建計画といったプランを提出して、時間をかけてゆっくりと自力再建することが許されていたのではないか。

4つの選択肢の現実化の可能性
 経営危機に陥ったゼロックスには、次の4つの選択肢が考えられた。

 1 公開状態を維持しつつ、時間をかけて自力再建を行う。大規模な事業売却といった過激な施策は取らない。

 2 かなりの量の事業売却、資産売却を短期間に行い、「企業のかたち」を一変させ、公開状態を維持する。

 3 事業会社によるM&A(企業の合併・買収)によって、他の公開企業の一部となる。

 4 バイアウトファンドが中心となった投資家グループが買収し、いったん非公開企業になって再建される。

 数年前には「机上の空論」でしかなかった2 3 4という選択肢が、現在は執行可能な「現実」に近づいてきたことが重要な変化である。それゆえ数年前ならば取り得たはずの牧歌的な選択肢1を取ることが許されず、自力再建の唯一のオプションとして2を選択せざるを得なくなったのである。

 「事業会社によるM&Aの日常化」と「プライベート・エクイティ・ファンドの肥大化」。この2つが変化のポイントである。情報技術(IT)革命とグローバリゼーションという「100年に1度」の変化の中で、欧米大企業がM&Aを日常的戦略に組み入れたことはよく知られている。これによって2 3という選択肢が「現実」化した。

 プライベート・エクイティ・ファンド、つまりベンチャーキャピタル(VC)とバイアウトファンドのここ数年の肥大化は、選択肢2における資産売却の受け皿をぐっと広げ、最も大掛かりには選択肢4を「現実」化しつつある(プライベートエクイティとは「非公開株式に対する投資」であるが、公開企業を買収して非公開化する機能も含まれる)。

 例えばゼロックス再建策の中には、IT分野で世界有数の研究機関「パロアルト研究所(PARC)」の売却も視野に入っているようだが、売却先候補として噂されるのは大手VCの米アクセル・パートナーズである。1999年から起きたVCファンドの肥大化現象(既に10億ドル以上のメガファンドが米国には22も存在する)がなかったら、この売却プランは「机上の空論」として一笑に付されていただろう。

ワンアウトでチェンジの新ルール
 問題の本質は、「企業がいったん経営危機に陥った時、公開状態を維持しつつ、経営主体も企業の形も変えずに再建することは不可能になったのではないか」ということである。「ツーアウト、時にはワンアウトでチェンジ」の新ルールの下で、米国公開企業の経営は過酷さを増し、経営者は強い緊張を強いられるようになってきた。

 さてこの新ルールは、米国経済における強者(強い経営者、強い資本家、強い起業家)たちが推進しようとする「公開企業経営の厳しい新常識」である。この過激さの前では、日本のほぼすべての公開企業が、まるで非公開企業のように感じられる。果たしてこの「強者の論理」は、どこまで世界を席巻し、どこまで日本の公開企業の経営に影響を及ぼすのか。これがニューエコノミー時代の最大の焦点ではないかと、私は最近考え始めている。

(この原稿の執筆は10月27日時点です)

掲載時のコメント:「成長性・収益性ともに堅調」の状態を維持する強者のみが公開企業としての存続を許される。「米国だけでなく日本にもそんな時代が近づいているのではないか」と言う。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経ビジネス

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.