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米IT産業の今年のキーワード、「有料化」と「強い寡占大企業」

2001年2月5日[日経ビジネス]より

 ずばり、2001年米国情報技術(IT)産業のキーワードは、「有料化」と「強い専業特化寡占大企業の容認」と予測する。

 米国における産業構造は、(1)できるだけ規制のない自由な競争環境が用意され(2)激しい競争によって淘汰が起こり寡占企業が生まれる(3)独占禁止法でその寡占企業の行動を縛って再び公正な競争環境を担保する――という流れに沿って進展していく。

バブル崩壊しトップの優位広がる
 ネット産業の勃興以来、このプロセスが歴史上類を見ないほどのスピードで回り、やはり類例のない無料化競争という「体力勝負の消耗戦」が起こった。そのプロセスでなりふり構わず戦ったマイクロソフトは独禁法で提訴され1審敗訴、同じく生存を賭けるアメリカ・オンライン(AOL)はタイム・ワーナーとの合併を発表した。この局面で、ネットバブルが崩壊した。

 それから9カ月。バブル崩壊時点でトップの座をうかがっていた「まだ何かを証明できていなかった」ネット企業群は大きく勢力を落とした。一方、かなりの傷を受けはしたが、「既に何かを証明できていた」トップ企業は、その体力ゆえに生き残ったのである。

 そして今、傷を癒しつつあるトップ企業は、2番手企業に対する相対的優位が広がったゆえに取り得る「有料化」戦略(既に有料の事業は値上げ)に踏み込んでいくに違いない。マイクロソフト、AOLタイム・ワーナー、アマゾン・ドット・コムといった消費者対象事業における寡占企業群はその準備に入っていると見ていい。シスコシステムズ、オラクルなどのインフラ提供側の寡占企業群も収益向上のためにかなりの値上げを目論んでくるだろう。

 どうも米国はこの大きな流れを容認する方向に動いているようだ。「寡占ゆえの有料化や値上げ」に目くじらを立てるよりも、強い寡占大企業が存在してくれる方がよいという気分が横溢してきたように、私には感じられる。

 産業構造の進展モデルに照らして考えてみても、(3)における競争が激しすぎたために、消費者サイド(企業購買も含む)が恩恵を受けすぎ、供給サイドの疲弊が行きすぎたために、その調整がバブル崩壊という形で行われたと見ることもできる。ならば有料化や値上げによって、その行きすぎが是正される時期だという説明も、十分に説得力を持つかもしれない。

 また忘れてならないのは、米国のエクイティ資産の半分以上を家計が持つという構造の意味だ。消費者は細かい支出に一喜一憂するだけの存在ではなく、株式市場が暴落しないことを望む経済主体でもあるということだ。

ベンチャーと大企業の役割明確化
 AOLとタイム・ワーナーの合併も承認されたし、マイクロソフト独禁法訴訟も、マイクロソフト側に有利な展開が見えてきた。独禁法運用がこれまで以上に厳しくなることはないだろうという意味で、ブッシュ政権の誕生も時代の気分を表すものと言える。

 強い寡占大企業の存在はベンチャー企業にとっても朗報である。株式公開の窓が閉ざされた現状を打開する手段として、大企業への自社売却という出口が不可欠であり、そのためには専業に特化した巨人がいた方がよい。

 ネット産業第1期覇権闘争はバブル崩壊をもって終結したのである。勝者はその直前でトップを走っていた企業群。巨人マイクロソフトに果敢に挑んだネットスケープ・コミュニケーションズのようなベンチャーはしばらく現れず、ベンチャー世界がIT産業における「研究開発と新事業創造」というハイリスクパートを担当し、「強い専業特化寡占大企業」が「巨大事業の執行」というローリスクパートを担当するという明確な役割分担が、これからはできてくるのだろう。バブル崩壊の2000年4月が、果てしなく続くと思われていた「早い者勝ち」競争の、実は目に見えぬゴールだったのである。

掲載時のコメント: 予測は外れることもある。だからこそ「曖昧な表現をしないよう自戒している」と言う。「論理をきちんとディスクローズしさえすれば、建設的な議論の足がかりになる」という信念からだ。

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