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テロ組織に自画像を見る悪夢
2001年12月3日[日経ビジネス]より
「キャッシュ・イズ・キング・アンド・クイーン・アンド・プリンス」(現金が王様であり女王様であり王子様だ) 9月11日以降、こんな刹那的な言葉が米シリコンバレーでは密やかに語られている。「資金調達が容易でなくなった今、調達済みの現金を大切に、早くキャッシュフロー・ポジティブとなる事業に仕上げよ」という意味を込めた「キャッシュ・イズ・キング」という言葉は少し前からよく耳にしていた。しかし冒頭の表現には、シリコンバレーを支えてきた「未来志向の長期的視点」がほとんど感じられず、「明日の姿が今日の連続では描けないのかもしれない」という米国の現在の沈鬱な気分が表れている。 このキャッシュ至上主義の台頭は、「未来に設定したゴールに向けてエネルギーを結集させるという前向きで力強い行為」への懐疑が生まれつつあることを意味する。「エクイティ至上主義に陰りが見え始めている」は、やや言いすぎとしても、9月11日の同時多発テロから連続炭疽菌事件、11月12日のアメリカン航空機墜落事故へと続く一連の事象は、米国の深層心理に深刻なダメージを与えているのである。 にもかかわらず米株価が比較的高値の水準で推移し、未来への不安があまり語られないのは、今の米国が戦時下にあるからである。「変わらぬ日常を生きることこそがテロリズムとの戦いなのだ」と、何とか無理をしても自らを奮い立たせながら、人々は変わらぬ日常を生きようとしている。経済人の公的発言は「来年半ばから後半の景気回復」という期待表明で一貫し、政府は可能な限りの政策出動によって経済を支えようとしている。 皆が国内でギリギリの頑張りを続けている間に、軍事力と外交力で短期的に大きな成果を上げ、再び「安心して生きられる社会」を取り戻すこと。これが現在の米国の国家戦略だが、その実現プロセスは、薄氷の上を全力疾走するかのような緊張感に満ちている。
創造でなく破壊に悪用される 最近、ある経営戦略論の大家が彼の友人に宛てた私信を見せてもらう機会があったが、彼の絶望感は、自らの戦略論のエッセンスが、悪によってものの見事に執行されてしまったという衝撃に起因していた。程度の差は無論あるだろうが、原爆が開発され本当に戦争に使われてしまった時の良心的核物理学者の衝撃に近いのかもしれない。 2000年4月にネットバブルが崩壊して以来約1年半、シリコンバレーの連中は、バブル崩壊の反省も踏まえながら、何とかV字型経済回復を目指して粉骨砕身の努力を続けてきた。その努力の結果、苦しいながらも何とか回復への道筋がついたかなと思い始めた矢先の9月11日であった。 アフガニスタンからはタリバン敗走の報が届き、ビンラディン捕捉も時間の問題との希望的観測も流れている。シリコンバレーの知識層は、アルカイダがシリコンバレーの分散組織構造ほどには成熟しておらず、ビンラディン1人の指示によって動くピラミッド型に近い組織構造であってほしいと、祈るような気持ちで注視している。 ■
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