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相反する日米のビジョン、勝者はどちらに
ハード無料・サービス重視の米国、ハード偏重の日本…

1999年6月7日[日経ビジネス]より

 デジタル家電の時代がまもなく到来する。米国では、家庭への高速インターネットアクセスの爆発的な普及を目前にして、ネット端末としてのデジタル家電が、今年から2002年くらいまでかけて立ち上がる。

 そんな今、「デジタル家電をめぐるビジョン」における日米の違いが、大きく際立ってきた。

 デジタル家電をめぐる事業収入の源泉が、インターネット上でのサービス事業(eコマースや広告収入を含む)であることは疑う余地もない。顧客獲得の観点から、デジタル家電は超低価格で大量に売られるか、サービス提供企業によって無償配布されるのが望ましい。極端にいえばハードはコモディティー。デジタル家電の構成要素はほぼすべて部品メーカーやソフト会社から調達できるので、最終製品としてのハードは誰にだって作れる。膨大な数の消費者がそのハードをインターネットに高速でつなぐ。その先にあるコンテンツやサービスはすごいものを作りますよ。

 これが米国勢の「デジタル家電をめぐるビジョン」である。

 よって米国勢はこぞって新しいサービス事業の創造に邁進する。シリコンバレーのベンチャーキャピタルには、ハードを無償配布して立ち上げる新サービスの事業プランが続々と寄せられている。顧客のプライバシーと引き換えにパソコンを無料配布し、顧客一人ひとりに対するきめ細かなサービス提供を目指すベンチャー企業、フリーPC社はそのはしりと言える。

 デジタル家電は技術の粋を集めて開発し、使いやすさ、楽しさといった一般消費者の心を捉える機能もハードの中に作り込んで素晴らしい製品に仕上げる。だから顧客にはきちんとおカネを出してデジタル家電をメーカーから買ってもらいたい。付加価値がソフトやサービスによって倍加されるのは当然だが、その基本にあるのは秀逸なハードだ。秀逸なハードなしには、魅力ある新しいソフトやコンテンツやサービスは生まれまい。

 一方で日本勢はこう考える。

米企業にない「ハードへの熱き思い」
 今冬から登場する予定のソニーの「プレイステーション2」も、先ごろ発表された松下電器産業と任天堂の提携も、単なるゲーム専用機ではなくネット時代のデジタル家電での覇権を目指す動きといえる。ソニーや松下電器ばかりでなく日本エレクトロニクスメーカー各社のデジタル家電開発の根底には、ソフトとサービスを重視する米国勢とは一線を画した「ハードへの熱き思い」が脈々と流れている。

 これからの米国デジタル家電市場をめぐる競争は、明らかに異なるこの2つのビジョンを軸に展開していくに違いない。

 デジタル家電が「日本の情報技術産業・再生の切り札」と言われて久しい。コンピューターは米国のお家芸だが、家電となれば、一般消費者の心を理解した製品開発ノウハウや、半導体を含む先端部品開発は日本の得意とするところだからである。

 しかし今、日本企業の前に立ちはだかるのは、全く違う思想に基づいて荒々しく市場創造を目指す米国企業群なのだ。

 新サービスを創造して第2のアマゾン・ドット・コム、第2のイーベイを目指すベンチャー企業群…。NBCやウォルト・ディズニーのように、コンテンツという莫大な資産を生かしてサービス事業進出を図るメディア企業群。AT&Tをはじめ、生き残りを賭ける通信サービス企業群。ネット時代の覇権を目指すアメリカ・オンライン(AOL)、ヤフー、マイクロソフト。日本企業のように「ハードへの熱き思い」を持つプレーヤーはどこを見渡してもいない。

 「だからこそ米国勢がその思い描くビジョンの方向に産業を導いていく」のか「だからこそ日本勢しか消費者の心を掴むことができない」のか。デジタル家電をめぐる競争は、まさにこれから始まる。

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