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ユーザーからコンシューマーへ 1997年5月1日[日経PC21]より
インターネットの巨大な可能性に魅せられ、起業が相次ぐ米国。しかし、その米国も、現実に収益を生み出すビジネスとして何が成立するのか、選別の時代を迎えようとしている。シリコンバレー最新事情を現地から報告してもらった。 シカゴ、ニューヨーク、ボストンの厳しさに比べればどうということはないのだが、今年のシリコンバレーの冬は珍しく天気が悪く、寒い日が続き、雨が毎日降っている。そんなシリコンバレーを束の間抜け出して南カリフォルニアの砂漠の町、パーム・スプリングスに出掛けた。コンピューター、インターネット関連産業の戦略課題を議論する「テクノロジー・サミット」に出席するためである。 この会議は「アップサイド」というハイテクビジネス雑誌とNASDAQ(米店頭株式市場)が主催したもの。出席者は約200人。CEO(経営最高責任者)、ベンチャーキャピタリストが大半で、日本人は私を含めて2人しかいなかった。足掛け3日間同じリゾートに泊り、朝食から夕食後のパーティまで一緒に過ごすため、ネットワーキング(人脈作り)には最適である。 コンピューター、インターネット関連産業を引っ張るリーダー達が、今何を考えているのか、何を話題としているのか、そんなことに刺激を受けつつ、1997年を展望してみよう、というのが本稿のテーマである。 結論から先に述べよう。1997年は「インターネットとコンシューマーの遭遇」元年である。そう私は思う。 言うまでもなくインターネットは、約15年前のパソコン登場以来のビッグ・ウェイブ(大波)であり、95年から96年にかけてその可能性が世界中の人々によって理解された。 そしてインターネットの持つ可能性のあまりの巨大さが、「何か新しいことを、誰からもコントロールされずに思いきりやってみたい」と思うシリコンバレーの人達を魅了し、「可能性が巨大なのだから、チップを張るようにいろいろな会社に投資しておけば、必ずどれかが大化けしてトータルでリターンがあるはずだ」と信ずるベンチャーキャピタリストや個人投資家(エンジェル)のカネが、シリコンバレーに流れ込んできた。 95年、96年のインターネット関連ビジネスの源泉は、「インターネットの可能性の巨大さ」というところにあった。そして可能性のうちのどれが、現実の価値に結び付いていくのか、そんな競争が今年から本格化する。 ところで、コンピューター業界の人達は、顧客のことを「ユーザー」と言う。その歴史から見ても、「ユーザー」というのは、勉強したりトレーニングを受けたりしてでも、役に立つ道具を使いこなそうとする人たちである。だからコンピューター・メーカー、ソフトウェア・ベンダーにとって「ユーザー」は組みしやすい。 しかし、「コンシューマー」は全然違う。「ユーザー」と違って、「コンシューマー」は、自分にとって明確な価値が見えないものにはいっさいカネを使わないし、我慢して努力してでも使うなどということはしない。その代わり、「コンシューマー」の数は「ユーザー」に比べて圧倒的に多く、明確な価値が正しく認知されれば、とたんにビッグビジネスになる。ここ数年の携帯電話の普及はその好例と言えるだろう。 つまり、これまでのインターネット・ビッグ・ウェイブの立役者たちの出身母体であるコンピューター産業は、未だかつて本当の意味で「コンシューマー」に出会ったことがないのである。 たとえば、インターネットは全く新しいメディアとなり得る大きな可能性を秘めていることは誰もが認知しているが、各論に入って、インターネットとテレビを比較したり、インターネットと雑誌・新聞を比較して、それがいずれ置き換えられるかどうかという議論になると途端に賛否両論相まみえるようになる。これが「インターネットとコンシューマー」の遭遇の具体例である。 「コンシューマー」は、雑誌や新聞やテレビに明確な価値を見いだし、何の疑いもなくカネを使っているが、インターネット上の代替アプリケーションには現時点で何の魅力も感じない。そこには様々な理由があるが、一言でいえば、面倒臭いし、面白くもないし、カネを出す価値を全く感じないのであろう。技術の説明など受けずとも、価値を瞬時に直感できなければ、「コンシューマー」はカネを出さない。 昨年鳴り物入りで始まったマイクロソフト社のインターネット雑誌「スレート」も、「現時点で購読料収入を期待するのは無理」と、早くも敗北宣言をしたし、活字インターネットメディアの寵児「ワイヤード」も昨年、株式公開に失敗し、赤字と資金難から経営は苦しい。 「今年はカジュアルティ(戦闘犠牲者)が初めて出るねぇ」というのが、「テクノロジー・サミット」の出席者たちの共通の意見である。いろいろなベンチャー企業で、そろそろベンチャーキャピタルからの資金が続かなくなる時期でもあるし、インターネット開戦後、第一戦の勝者と敗者がはっきりする年と言うこともできるだろう。「コンシューマーに出会えぬまま」退場する敗者も出てこよう。 ただ、敗者、退場といっても、たまたまこの時期のトライアルに失敗しただけの話である。ベンチャー企業の創業者達は、自分達の給料、雇った社員の給料、開発費、オフィス経費などを支払いながら、手元の資金が尽きるまでの間に、アイデアを「大きな価値を生み出す製品やサービス」に創り変え、それを世に問うというゲームをしていると言ってもいい。だからたまたま資金が尽きて今会社がつぶれても、また時期を見て、彼らはアイデアを練り直して再挑戦してくるだけの話なので、シリコンバレー感覚で言えば、あまり事態を深刻に考える必要はない。 そして、今年、注目されているベンチャー企業やその製品の多くは、「コンシューマーと出会うことができそうな」秀逸さを秘めている。「テクノロジー・サミット」で最も注目を集めていたのが、WebTV社とポイントキャスト社であったこともその証拠の一つだといえる。 富士通と提携し、今年は日本でもサービスを開始するWebTVは、家庭のテレビを簡単にインターネットにつないでしまう。基本設計・ソフトのライセンスを得たソニーとフィリップスが箱を作って売り、WebTVがサービス(月額20ドル)を提供するというビジネスモデルで、パソコンを使ったこともない「コンシューマー」をターゲットとしている。 95年に設立され、サービスが始まってまだ半年という段階だが、社員数180人を数える、豊富な資金源に支えられた有望ベンチャーである。昨年のクリスマス商戦の結果は今ひとつであったが、評価するのははまだ時期尚早であろう。初期顧客からのフィードバックを得て、ユーザー・インタフェースを徹底的に洗練させていくに違いない。 インターネットにはじめて接する人の共通の感想は、自分が求める情報にたどり着くためにかなりの時間と労力を要するということだろう。「コンシューマー」はもう、ここでさじを投げてしまう。テレビやラジオはスイッチを入れ、チャンネルを合わせるだけで求める情報が得られる。新聞や雑誌はめくるだけでいい。何という違いだろう、というわけだ。 しかしそんな「コンシューマー」だって、自分の好みに合った情報が、何もしなくても自動的に、インターネットを経由してパソコン画面上に「放送」されてくれば、「おっ」と目を引くに違いない。「これは便利だ」と思う人の中には、インターネットの介在を意識しない人も多いことだろう。こんな仕組みを考えだし、サービスを開始し、大成功を収めつつあるのが、ポイントキャスト社である。テレビやラジオと同様、視聴者は金を払う必要がなく、広告収入を中心としたビジネスモデルを追求している。同社もこの2月に、トランス・コスモスと合弁で日本に進出することを発表した。 2社ともに、「インターネットとコンシューマーの遭遇」のフロントランナーと言え、だからこそ今年の注目株なのである。 WebTVは顧客が月極めの購読料を支払うビジネスモデル、ポイントキャストは広告収入を中心としたビジネスモデルを追求しているわけだが、突き詰めて言うと、ベンチャーキャピタルの資金と通信インフラ費用がその源泉となっていたこれまでの試行錯誤に続いて、これから、誰がどんなタイプのカネを払うことによって、インターネット・ビッグ・ウェイブを前へ前へと推進していくのかが、インターネット時代を考えていく上で最も重要なポイントである。 購読料、広告収入と並ぶビジネスモデルはトランザクション収入、つまりネット上での商売を中心としたモデルである。その観点から注目を集めるのが、書籍を売るアマゾン・コムと、CD、ビデオを売るCDNOWの二社である。この2社の成功は、「コンシューマー」を強く意識しているゆえである。品揃えの充実もさることながら、「コンシューマー」への細かな心くばりをしようという強い意志が感じられる。 たとえば誤操作や衝動的に行なった発注指示を、簡単にいつでもキャンセルできる仕組みがうまくデザインされていたり、発注を完了した翌日にも、発注内容の再確認と共に「もしも気が変わったのなら今からでもキャンセルできますよ」といった電子メールが届いたり、何だか「安心して」買い物ができる雰囲気が作りだされている。不慣れなインターネットを使っての誤操作で、変なものを買わされるはめに陥らないかとおっかなびっくりの「コンシューマー」を意識した細かな心くばりがなされている。 これはほんの一例だが、インターネット上での商売の場合、「お客さまの立場に立った心くばりを徹底的にやっていくのだ」という思想を経営者がもし持っているとすれば、それはユーザー・インターフェースという形をとってウェブ上に極めて迅速に実現されてくるに違いない。アマゾン・コムやCDNOWといった企業のユーザー・インターフェースの絶え間ない改善には要注目と思う。 「500ドル以上では駄目とか、300ドル以下でないとまずいとか、コンピューター産業がそんな議論をしているのは、コンシューマーを理解していない証拠」 「テクノロジー・サミット」の会場から、ネットワーク・コンピューター(NC)関連の議論の文脈でこんな意見が飛び出したのも、今年を象徴していると言えよう。 そして「コンシューマー」にとっての価値という点から見て、家庭からの接続速度が鍵を握ることは、当然のことながら重要である。 パシフィック・ベル(地域電話会社)CEOのデビッド・ドーマンは、ISDN(総合デジタル通信網)の128キロビット/秒は中間的なソリューションに過ぎないと述べ、97年9月にはカリフォルニア州の一部に、98年2月には州全域に、既存の電話回線を使って9メガビット/秒(9000キロビット/秒)のデータ通信を実現するADSL(非対称型デジタル加入者網)サービスを提供すると宣言した。それも月額100ドル前後を目指したいという。 もちろんインターネットの接続速度は、サーバーやバックボーンの速度とも複雑に絡み合い、簡単には保証されないという側面はあるが、現在のISDNの少なくとも数10倍の速度が出るこのサービスの登場も、「インターネットとコンシューマーの遭遇」を促進するものと言える。
いくつかの製品開発、サービス開発の方向が、一つのキーワードに集約される時、それらが相乗効果を生み出し、あれよあれよという間に市場が立ち上がることがある。もちろん、ベンダーにとって「コンシューマー」が一筋縄でいかない世界であることは明らかだが、何かが起こる予感を、今年は感じることができそうである。
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