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知られざる「通信業界の巨人」
米ワールドコム急成長の秘密

1998年2月1日[日経PC21]より

史上最大の買収劇によって一躍、名を馳せたワールドコム。創業以来15年足らずで、インターネットで世界最大、長距離通信では米国第二位の「通信の巨人」になった。この驚異的な急成長を生み出したのものは一体、何なのか。

 1997年11月、米国長距離通信第2位のMCIコミュニケーションズを標的とした買収競争が決着した。英国通信大手ブリティッシュ・テレコム(BT)、米国地域通信大手のGTE社をおさえて、米国長距離通信第4位のワールドコムが、MCI買収で合意したのである。総額370億ドル(約4兆5000億円)。史上最大のM&A(企業の合併・買収)である。

 総売上高280億ドル(約3兆4000億円)の新会社「MCIワールドコム」は、AT&T分割後、地域通信と長距離通信の両方のサービスを提供できる初めての電話会社となる。長距離通信ではAT&Tに次ぐシェア約25%を握り、インターネット・サービス会社としては世界最大となる。この買収は、97年業界10大ニュースを選定するとすれば、第1位となることは間違いあるまい。

無名の企業がいまや主役
「世代交代」の波に乗る

 ところで、当のワールドコム、日本ではほとんど知名度ゼロ。アメリカでも、普通の人は聞いたことのない会社で、「ところで、ワールドコムって何?」というのが、大半のアメリカ人の正直な感想だ。しかし、このワールドコムは、玄人筋では「電話会社の21世紀モデル」と称され、新会社のCEO(最高経営責任者)に就任するワールドコムのバーナード・エバーズ社長は、今や「時の人」である。

 インターネット時代の到来に伴って、94年頃からコンピュータ産業は第3世代に入った。第1世代が50年代から始まったメーンフレームの時代、第2世代は、80年代初頭からのパソコン(PC)の時代である。そして今が第三世代。つまり、コンピューター産業は、たかだか50年という産業史の中で、2度目の世代交代を経験しつつある。しかし、通信産業は19世紀末のグラハム・ベルによる電話の発明以来、100年以上が経過するが、これまで世代交代らしい世代交代は一度も経験してこなかった。それがインターネット時代の到来と共に、初めての世代交代に直面している。

 インターネットのインパクトによる通信産業の世代交代とは、音声用ネットワークに無理してデータを乗せるのではなく、データ用ネットワークの上で音声も送るようにするという大転換であり、結果として、音声とデータの区別やローカルと長距離(国際を含む)の区別が本質的になくなってしまう状況を生むことである。

 元来が規制産業である通信産業が、この世代交代のインパクトをもろに受けるか否かは、規制緩和・撤廃がどの程度なされているかによる。アメリカの場合、96年2月の連邦電気通信法改正で、長距離通信と地域通信の相互参入や、通信・放送の相互参入が認められ、日本と比べてざっくり言えば「何でもあり」の競争環境が出来上がった。こうして「世代交代を仕掛けようとすれば仕掛け得る環境」が整ったところに、ワールドコムが登場してきたのだ。

 ワールドコムの誕生は、83年のことである。もともとは長距離電話会社から借りた大容量の通信網を小口に分割して顧客に再販するという地味なリセール事業からスタートしたが、表のように、企業買収を繰り返して、95年までの約12年間で売上高36億ドル(約4300億円)の長距離通信第四位の企業にまで成長した。

 しかし、3段跳びにたとえれば、83年から95年までの成長は単なる助走期間に過ぎず、96年2月の連邦電気通信法改正がジャンプ台の役割を果たし、この1年の「ホップ、ステップ、ジャンプ」へとつながっていく。

 96年12月のMFSコミュニケーションズの買収(総額140億ドル)によって、地域通信網とMFS傘下のインターネット接続業者UUNETのデータ通信インフラを獲得。これがホップ。

 97年9月、コンピュサーブ、アメリカ・オンライン(AOL)との三角取引で、この2社が持っていたデータ通信インフラをすべて獲得(総額約14億ドル)。これがステップ。日本ではAOLによるコンピュサーブ買収に大きく焦点が当たっていたが、その裏でワールドコムがしっかりとデータ通信インフラを買い集めていたのだ。

 そして、今度のMCI買収で、MCIの持つ2400万人という長距離通信の顧客ベースと、膨大なデータ通信インフラを獲得、これが本当のジャンプなのである。

通信大競争時代に、M&A攻勢で急成長したワールドコム

未来をつかめるかどうかは
構想力よりも「執行力」に

 通信市場での競争力というのは、「通信インフラをどれだけ押さえているか」と「顧客ベースをどれだけ持っているか」によって決まる。この2つの要素はどちらも、ゼロから地道に作り上げるにはかなりの時間がかかってしまう性格のものだから、「世代交代を仕掛ける」といったタイミング勝負の戦略においては、企業買収という荒業を使う以外に方法がない。

 通信産業は狭い世界であり、「通信インフラと顧客ベースという限られた資源」を誰が持っているかは誰もが知っているという世界である。だから、どこの会社を買えば地域通信網が手に入る、とか、データ通信インフラを買い集めるにはこことここを買収すればいい、といったことは、机の上でならいくらでも考えることができる。「世代交代を仕掛ける」ためには、「地域通信と長距離通信の両方を持ち、音声ネットワークではなくデータ通信インフラを押さえる」というワールドコムの戦略自体も、ごく自然な発想である。

 つまり、誰にでもとは言わないまでも、ちょっと通信分野に詳しい人ならば、机の上でこの買収計画シナリオを書くことは簡単にできたはずなのである。

 ワールドコムの凄いところは、それを実際に執行(Execute)したところにある。そして「執行した」ということの背景には、これだけのスケールに膨れ上がった新会社を「経営していくことに対する強い自信」と「経営していこうとする強い意志」を、経営者が持っていたことが極めて大きい。買い集めた資産をもとに、「世代交代を仕掛けるような」新しいサービスを開発し、旧世代との間に厳しい価格競争を仕掛け、それによって売り上げやシェアをさらに伸ばし、世の中を大きく変える。

 一方で、買収に次ぐ買収でだぶった機能や業務を効率化して収益性を向上させ、株価を上げる。ワールドコムのエバーズ社長には、通信産業の他の経営者と比べて、新しい時代を「自分の手で」切り開いていくことに関して、ある種、過剰なまでの「自信と意志」がある。

巨人、マイクロソフトは
家庭市場に布石を打つ

 タイタン(Titan)。

 辞書を引くと、「巨人」とか「大事を成し遂げた傑物」とか「強大な力を発揮するもの」といった訳語が並ぶが、もともとはギリシャ神話の巨人神の名である。マイクロソフトのビル・ゲイツや、このワールドコムのエバーズ社長のことを、アメリカでは、こんな風に称することがある。優れた経営者という意味も少しはあるが、この言葉にはそれ以上に、常人の理解を超えた「過剰なまでの自信、意志、支配欲」を持つ男という意味が強くこめられているようだ。世の中が大きく変わろうとする時に、未来を自分の思い通りに動かしたいという欲求が、彼らには異常なまでに強いのである。

 ところで、11月のコムデックスにも出展されたウェブTVの新製品「ウェブTVプラス」の前評判が高い。ウェブTVは95年に設立されたシリコンバレーのベンチャー企業で、設立から2年後の97年4月、自社をマイクロソフトに4億2500万ドル(約500億円)で売却した。

 まだ市場での成功が証明されていない「2年間の努力」に対してこの買収額は高すぎるのではないか、そんな巷の雑音をよそに、ウェブTVはマイクロソフトの子会社となった。それから半年後の新製品は、96年のウェブTVのオリジナル製品からは想像もできない程、違った姿になっている。

 96年のウェブTVは、「家庭のテレビからインターネットにアクセスできます」というのが売りで、技術的にはハードディスクを持たないセットトップボックス、思想的にはマイクロソフトと対立するオラクルのネットワーク・コンピューター(NC)のコンセプトに近かった。

 これに対して今度の新製品「ウェブTVプラス」は、「テレビをインターネットと組み合わせることで、もっともっとテレビを楽しめるようになります」という、インターネット中心というよりもテレビ中心にキャッチフレーズが大きく変わっている。加えて、1.1ギガバイトのハードディスクが装備され、NCよりもPCの思想に近い、マイクロソフトらしい製品に仕上がっている。つまり、PCのように、マイクロソフトが標準(OSなど)を押さえ、ハードウエアは皆が作るというモデルである。

 それにしても、半年の間に、創業者たち3人が辞めることなく、全く異なる思想の製品に作り替えてしまうところに、マイクロソフトの凄みがある。

 今後20年にわたって世界的に作り上げられる通信インフラの大切な部分を、エバーズ社長とは違った視点から全部押さえてしまおう――もう一人の「タイタン」ビル・ゲイツは、そんな「過剰なまでの自信と意志と支配欲」をもって、未来を見つめている。

 アメリカで今、モデム付きのパソコンを持つ家庭は約2000万世帯、それに対して、CATV経由でテレビを見る家庭が約6400万世帯。彼にとっては、次のステップとして、テレビ周辺を狙う。

 もちろん、未来のコンシューマーがテレビに何を求めるかは、まだ誰にもわかっていない。新製品の前評判がよいからといって、それが本当にコンシューマーの心をとらえるかは未知数だ。97年のクリスマス商戦にぶつけるのではないかと予想されていた「ウェブTVプラス」の本格参入は、98年以降にずれこむようだが、これも本当にコンシューマーのニーズを見極め切れていないことのあらわれのようにも思える。

 しかし、いずれはテレビ周辺に新しい巨大市場が興隆することは間違いない。そのためには、今から陣地を構えておかねばならぬ。そんな長期的視点から、CATV会社、コムキャストに10億ドルを出資、さらに他のCATV会社への投資も視野に入れるゲイツの前では、ウェブTVの3人の創業者は、「将棋の駒」に過ぎない役回りとなってしまうのである。

 シリコンバレーの創業者たちは、その創業の目的を尋ねられると、必ずといっていいほど、「金が究極の目的ではない。自分がやりたいと思ったことを、自分の信ずるやり方で実現したいからだ。」と答える。しかし、この「自分がやりたいと思ったことを自分の信ずるやり方で実現する」ということの定義や判断基準は極めてあいまいである。あんがい簡単に「実現できた」と考える創業者と、どれだけ成功しどれだけ富を築こうとも、なおまだまだと考える創業者とがいる。

 ウェブTVの創業者たちは、自分たちの信じた製品コンセプトに全力投球した「2年間の努力」が、莫大な資産をもたらしたところで、「自分がやりたいと思ったことを自分の信ずるやり方で実現」できたと考えたのであろう。そして仮に製品コンセプトが当初のものと全く違ってしまったとしても、マイクロソフトの傘下で、マイクロソフトの世界戦略の一翼を担うという現在のポジションを心地よく、やり甲斐のある仕事だと考えているのであろう。

 最近、ウェブTV同様、自らスタートしたベンチャー企業を高値で、マイクロソフトやシスコシステムズといった大手企業に売却し、個人資産を築き、そのまま買収された企業に残って仕事を続ける創業者が増えてきた。買収する側と買収される側の分かれ目。それは、創業者や経営者の「過剰なまでの自信、意志、支配欲」、つまり「タイタン」性によるのである。

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