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焦点はオンライン・コマース 1998年5月1日[日経PC21]より インターネットは「興奮の時代」から「実践の時代」へ。今年の注目の的は「オンライン・コマース」だ。本から自動車までネット販売がビジネスとして離陸し始めた。今や「いかに儲けるか」がシリコンバレーのキーワードだ。 定点観測という言葉がある。 位置を変えずに、一定の時間間隔をおいて、同じ対象物を観測することである。 私は年の初めに、南カリフォルニアで開かれるある会議に毎年欠かさず出席することで、「ハイテク産業がどこに向かっているのか」、「今年はどんな年になるか」、そんなテーマについて定点観測することにしている。 「インターネット・ショーケース」という名のこの会議を主宰するのは、デビッド・コージィというシリコンバレーでは著名なハイテク・ジャーナリストである。 会議は3日間ホテルに缶詰めになって行われる。600人ほどを収容する大会議場に、大きなステージと巨大スクリーンが用意されている。一社八分と決められた持ち時間を使って、約50160社が、次から次へと自社製品のデモンストレーションを行なうのである。 主宰者のコージィ氏が、大企業やベンチャー企業がその年に出す膨大な数の新製品を事前にすべて吟味し、このステージに乗せる価値のある製品だけを選んでくるため、3日間、ステージで繰り広げられる製品デモを見つめながら考えることで、その年の大きな流れが自然に見えてくるのである。 私は、1995年から今年まで4回連続でこの会議に出席した。そして今、この3年間を振り返ってまず思うのは、産業の進展における異常なまでのスピード感である。 95年の注目はブラウザーだった。「ブラウザー・オン・パレード」と称するコーナーでは、その数ヵ月前(94年11月)に製品をリリースしたばかりのネットスケープ・コミュニケーションズの、まだ有名になっていなかったマーク・アンドリーセンが、ステージ上で自社製品「ナビゲーター」のPRに大声を張り上げていた。もちろんマイクロソフトのインターネット・エクスプローラは影も形もなかった。ネットスケープと伍して製品デモをしていたのは、もう既に淘汰されて今は忘れ去られてしまったベンチャー企業群だった。 96年の注目は、ウェブ開発ツールとイントラネット・アプリケーションだった。既存のワープロでできたファイルを自動的にHTMLファイルに変換するソフト、ホームページ簡単手作りソフト、ウェブサイトを大型既存データベースのユーザー・インタフェースにしてしまうソフト、インターネット・ベースのグループウエアなどが関心を集めた。Java(ジャバ)が初めてお目見えしたのも、この年であった。 97年の注目は、インターネットの本格的マルチメディア化とコンシューマー・アプリケーションの萌芽だった。インターネット上での音声、動画像からバーチャル・リアリティまで、アクセス・スピードが速くなった時に実用化されるマルチメディア標準に向けての競争が、既に激しく進行中であることを垣間見た。 そして今年。98年1月。 95年から97年までの過去3回が、インターネットの可能性に刺激されて、思い付いたアイデアを次々と製品化していればよかった「興奮の時代」とするならば、今年は、もっと落ち着いた「実践の時代」に入ったことを強く感じた。製品面でのキーワードを選ぶとすれば、間違いなくオンライン・コマースだ。そしてビジネス面でのキーワードは、「君、どうやって金儲けをするの(How do you make money?)」である。 97年半ばくらいから米国では、ネットワークでモノを買うオンライン・コマースがにわかに立ち上がってきた。商品情報の豊富さ、セレクションの多さ、価格、この3点が購買時にとても重要になる商品群から、オンライン・コマースは立ち上がりつつある。 書籍のアマゾン・ドット・コムばかりが、よく例に出されるが、これ以外にも、音楽CDやビデオをはじめ、デルコンピュータなどのコンピューター関連企業も、ウェブサイトからの売り上げを急速に伸ばしている。さらに旅行、自動車、証券取引、保険商品などでも有力企業が登場してきた。97年末のクリスマス商戦では、10億ドル(約1250億円)以上の買い物を、消費者がウェブサイト経由で行ったようである。 こんな背景から、「インターネット・ショーケース」では、ウェブを使ったオンライン・コマースを本格的に実施するために必要な多種多様なツールが登場した。 そんな中で、面白かったシリコンバレーの有望企業を2社、ご紹介しよう。 1つは、アリバ・テクノロジーズ(Ariba Technologies)という会社である。この会社は、約2500億ドル(約31兆円)と巨大な米国・企業購買市場をターゲットにしている。文房具からトラベル経費までの社員の購買行為を自動化するJavaベースのソフトで、紙による事務処理の無駄を省くだけでなく、複数のサプライヤーの電子カタログをオンラインでつなぎ、最も良い品を最も安く買えるよう支援するのである。 こうした新しいソフトを真っ先に導入する顧客を米国ではアーリー・アダプター(早期採用者)と呼ぶが、アリバの場合、アーリー・アダプターは、シリコンバレーの半導体メーカー、AMDだった。AMDは、年間約8億ドル(約1000億円)の資材を購買しており、このアリバのソフトを1万2000人のPCに導入することで、少なく見積もっても購買総額の3%(年間約30億円)、うまくいけば18%(年間約180億円)の経費節減が可能だと目論んでいる。そのためのアリバ・ソフト導入のコスト、約250万ドル(約3億1250万円)は十分見合う投資だとのことである。AMDに続き、シスコシステムズも同じソフトを大量導入する予定という。 もう1社は、エンカント・ネットワークス(Encanto Networks)社である。ノベルの前CEO(最高経営責任者)、ボブ・フランケンバーグ氏が早い時期からCEOとして招聘されたことでもわかるように、業界でも極めて有望視されるベンチャーである。 エンカント・ネットワークス社の「E・ゴー(E.Go)」は、SOHO向けのハード、ソフト一体型の低価格E-コマース・サーバー(価格は1295ドル、ISDN対応は1395ドル)である。この一体型サーバーを買いさえすれば、誰でも簡単に、インターネット上でコマースを始めることができる。PCサーバーやその上のソフトウエアのインストールについて悩む必要のない、フルターンキー型のソリューションを素人のために提供するのである。 エンカント・ネットワークスの社名にネットワークという言葉がついているが、この会社、E-コマース・サーバーのハードウエアは単なる「撒き餌」のようなもので、月49.95ドル(ISDN対応は79.95ドル)のインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)機能も含めたネットワーク・サービスを収益の源泉としようとしている。通常のISPが月20ドル前後のサービス価格であるのに対して、エンカントは倍以上の付加価値を、オンライン・コマース領域で提供しようというのである。 アリバのソフトウエア事業は、ソフトのサイト・ライセンス契約を中心とした古くからある典型的なソフトウエア事業のビジネスモデルなので比較的わかりやすいが、エンカントは、ハードやソフトはできるだけ安くして広く普及させ、「規模の経済が出る」ネットワーク・サービス事業で儲けようというビジネスモデルである。 ところで「インターネット・ショーケース」では、いたるところで、「君、どうやって金儲けをするの」という質問と、ベンダー側からの精一杯の回答が飛び交っていた。それは、インターネット時代のソフトウエア事業の「競争のルール」が、PC時代のそれとは全く違うものになりそうだからである。 一つには、ウェブサイトそのものが、「ソフトウエア、コンテンツ、サービス、コマースが一体化したシステム」であることに起因している。もう一つには、「ソフトウエア無料配布」と「ウェブサイト無料アクセス」という方式によって顧客シェアをもの凄いスピードで獲得するというネットスケープが普及させたインターネット時代の新しいカルチャーに原因がある。 たとえば、何か素晴らしいソフトウエアを開発したベンダーがいたとする。しかし彼らは昔のように無邪気に、「1本いくらで、何本売れれば、×××万ドルの売り上げ」などという計算はもうしない。「ソフトウエアを無料配布してシェアを獲得して、さて何で儲けようか」という発想がまず出てくるからだ。 ウェブサイトそのものが、「ソフトウエア、コンテンツ、サービス、コマースが一体化したシステム」であるから、ソフトを無料にしても、たとえば、ソフトに付随するオンライン・サービス収入、無料ダウンロード中の広告収入、他のサイトへのリンクを張ることによる紹介料収入、そのウェブサイトでモノを売るコマース収入など、「クライアント・ソフト無料、サーバー・ソフト有料」という初期のビジネスモデル以外にも、「新しい金儲けの仕方」が生まれつつある。 「無料」が顧客シェア獲得のための最終兵器であることは、ネットスケープ対マイクロソフトの熾烈なブラウザー戦争で証明済みだ。いくら素晴らしいソフトを開発できたって、競争相手が似たようなものを後から「無料」にしてしまったら、自分達も「無料」にしなければならない。では「無料」にして、何で金儲けをするのか。 「君、どうやって金儲けをするの(How do you make money?)」というキーワードは、ベンダーに対して、何が有料で何が無料かを問うているのである。 米司法省によるマイクロソフトの独禁法提訴、それに対する玉虫色の和解、ネットスケープのブラウザー無料化宣言、さらには米上院司法委員会公聴会と、昨年末からソフトウエア産業は激動している。その根底には、「ソフトウエア産業における新しいビジネスモデル」が模索されている本質がある。 「ソフトウエア無料」という「パンドラの箱」を開けてしまったネットスケープはこれからどうなっていくのだろうか。すべては、「君、どうやって金儲けをするの」に対して、どんな素晴らしい答えを用意できるかにかかっている。
ただいずれにせよ、「無料化」が引き起こした新しいソフトウエア産業の流れは、「顧客が勝者(Cus-tomers are Winners.)!」という方向に向かっていることは間違いなさそうだ。
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