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現実になった巨額の広告収入 1998年8月1日[日経PC21]より インターネットにアクセスしたとき、最初に目にする画面、「ポータル」が膨大な利益を生み出す。この“金の卵”をめぐり、米国では、オンラインサービス、ソフトメーカー、サーチエンジン、果てはディズニーまで加わり、熱い闘いが始まろうとしている。 さる5月18日、米司法省は全米20州の検察当局とともに、マイクロソフトを独占禁止法違反の疑いで提訴した。 5月15日金曜日は、マイクロソフトからパソコンメーカーへの「ウィンドウズ98」出荷予定日(米国での「98」店頭販売予定日は6月25日)。その前日の14日、マイクロソフトと司法省がぎりぎりの交渉に入るため、翌日に予定されていた出荷を18日月曜日に延期するとの発表があり、週末に何らかの合意が得られるのではないかとの期待が高まった。 しかし16日、予想外の早い時間に交渉は決裂。18日、司法省側は独禁法提訴に踏み切り、マイクロソフト側はそれを無視して「98」を強行出荷した。 そして19日、マイクロソフトの意見広告が、ビル・ゲイツの署名入りで、主要新聞各紙に全面広告として掲載された。 司法省がマイクロソフトに迫った最も大切な条件、つまり同社が「理不尽な要求」として絶対に受け入れられなかった条件とは、(1)ネットスケープのブラウザーを「98」に標準搭載すること(2)「98」初期画面の設計権限をパソコンメーカーに移行させることの2点だ。 熾烈なシェア争いの挙げ句に、両者とも「無料」にして焼き払ってしまったブラウザー市場。今、シェア争いの意味は事業の売上げではあり得ない。ブラウザーのシェアをテコに、サーバーソフトやサービスで儲けようという考え方であるから、その部分にOS独占の影響が出ないように、というのが(1)の要求の意図で、これは比較的理解しやすい。 しかし「初期画面の設計権限」の問題はなかなか奥が深く、面白い。「98」初期画面とは、ユーザーがパソコンを起動したときに、知らず知らずのうちに最初に目にする画面のことである。マイクロソフト側は、ここを「98」のユーザー・インタフェースだと主張し、OSの中でもきわめて重要な一部分だから、マイクロソフトがコントロールするのは当然だ、と主張する。一方、司法省側は、ここはワープロ、表計算、ブラウザーなどのアプリケーションを起動するための画面であり、他社ソフトが自由に競争できるためには、ここをオープンにしなければならないと考えている。 ゲイツは、新聞全面を使った意見広告で、次のように主張する。 「すべてのユーザー・インタフェースとインターネットへのアクセスを隠してしまい、OSを著しく無力化させた上で、パソコンメーカーに出荷せよという要求は、競争者に利することはあっても顧客の利にならない。政府がソフトウエア製品の設計に口を挟むなど、到底容認できるものではない」 歴史的な独禁法訴訟といえば、IBMの場合が69年から82年までの13年、AT&Tの場合が74年から82年までの8年。どちらが勝つにせよ、決着まで途方もない時間がかかる。しかも時代は「ドッグイヤー」(人間の7倍のスピードで生きている犬の感覚)になぞらえられる「インターネット・イヤー」で動いている。途方もない年月の訴訟をやっていることに意味はなく、問題なのはその間にどれだけ徹底的に競争に勝つかが大切なのだ、ゲイツはそう考えているに違いない。 5月22日、ワシントン連邦地裁は、「98」販売を差し止めない方針を表明。「98」は予定通り、6月25日から店頭販売される方向が見えてきた。同時に、一カ月先には何が起こっていても不思議はないほど、激しく変化する事業環境である。果たして、「98」を巡る状況はどう動いていくのだろうか。 さて、司法省がマイクロソフトに突き付けた第2の要求、初期画面の問題は、ユーザーがパソコンを動かした時に「知らず知らずのうちに最初に目にする画面」を誰がコントロールするのか、だった。 時を同じくして、インターネット産業で今、最もホットな話題は、ユーザーがインターネットにアクセスした時に「知らず知らずのうちに最初に目にする画面」、つまり「最初にアクセスするサイト」を巡る競争である。 「知らず知らずに目にする画面」それ自身が価値を持ってきたということは、パソコンやインターネットが、テレビ同様、マス・マーケットに踊り出つつあることを意味している。 「ポータル(Portal)」。最近、米国でしきりに使われている言葉で、文字通りに解釈すると「表玄関、正門、入り口」という意味だ。インターネット産業では「できるだけ多くのユーザーにとっての、インターネットへアクセスするための表玄関たり得る、魅力的なコンテンツ、豊富なサービスを充実させたサイト」を指す。ブラウザーにおける「ホーム」たり得るサイトを「ポータル」と呼ぶのだ。 「ポータル」を巡る競争の出演者はAOL、マイクロソフト、ネットスケープ、ヤフー、エキサイト、インフォシーク、ライコス、ディズニーなど。目指すは巨額の広告収入だ。 「ポータル」の価値がにわかに脚光を浴びるきっかけとなったのは、AOL(アメリカ・オンライン)の広告収入が莫大であることが広く認知されたからだ。 98年第2四半期(97年10月〜12月)、AOLの売上高約5億9200万ドル(約800億円)の約18%に相当する約1億800万ドル(約145億円)が、広告収入であることが発表された。AOLの主な収入源は、言うまでもなく、オンラインサービス・ユーザーからの月極めの接続料金である(現在、21.95ドル/月)。それ以外の広告収入が、単純にこの四半期の数字を4倍しただけでも、年間約4億3200万ドル(約580億円)。オンラインサービス・ユーザーの伸びや広告収入の伸び率を考えれば、広告収入だけで1社あたり年間10億ドル(約1350億円)レベルの売上げを叩き出す巨大新産業が、突然生まれつつあるという現実に、産業界は沸き立ったのだ。 AOL1200万人のユーザーが「最初に目にする画面」は、AOLがコントロールできる。マイクロソフトがパソコン立ち上げ時の初期画面のコントロールにこだわるのと同じ意味での価値が、このAOLの初期画面にある。その価値が莫大な広告収入に結びついているわけだ。 AOLは、エレクトロニック・コマース関連の各分野ごとに、AOLサイト上での独占的広告権を販売している。「フォーチュン」誌の取材によれば、その独占的広告権に対して、ディスカウント・ショッピングサービスのCUCインターナショナルは5000万ドル(約67億円)、広告代理店のプレビュー・トラベルは3200万ドル(約43億円)、花屋の1-800-フラワーズは2500万ドル(約34億円)、音楽関連製品販売のN2Kは1800万ドル(約24億円)、金融サービスのインテュイットは3000万ドル(約40億円)、書店のバーンズ・アンド・ノーブルは4000万ドル(約54億円)で契約したという。 とにかく巨額なのである。将来の可能性の大きさばかりが喧伝され続けてきた今までのインターネット産業の感覚とは全く違う。 マイクロソフトとの熾烈なブラウザー競争の果て、大戦略転換を余儀なくされているインターネット新時代の旗手・ネットスケープが新戦略の柱にしようとしている「ネットセンター」(ネットスケープの情報サービス:“初期画面”)事業も、AOLの広告収入と全く同じ質の広告収入をあてにする「ポータル」事業である。 ネットスケープはこれまで、「ネットセンター」のサイト自身を魅力的なものとする努力を怠ってきた。そこで、自分の好みのサイトにまずつなぐように設定変更を行なったユーザーも少なくなかった。しかし今、ネットスケープは、「ネットセンター」サイトを徹底的に強化する方向に戦略転換した。 ネットスケープの97年度売上高は、5億3400万ドル(約720億円)。ほとんどがソフトウエア収入である。しかし、そのネットスケープが約6800万人というブラウザーの顧客ベースを、「ネットセンター」につなぎとめることに成功し、AOL同様の価値を「ネットセンター」に持たせることができれば、現在の年間売上高を大きく凌ぐ広告収入が期待でき、大規模新事業の構築による大戦略転換は成功するのである。これがネットスケープの目論見であり、AOLの広告収入の急増を機に、一気に「ネットセンター」新事業へと走り出したのである。だからこそ、ブラウザーのシェアを維持し続けることが、ネットスケープの生命線であり、マイクロソフト独禁法訴訟の行方と深く関係するのである。 もちろん競争は厳しい。そして広告収入を巡るライバルはまだまだいる。オンライン・サービスやブラウザーのシェアをテコに、半ば強制的にユーザーを自社サイトに接続させてしまうことのできるAOLやネットスケープとは違い、サイト自身の魅力で、膨大な数のユーザー・アクセスを勝ち得てきた検索エンジン大手、ヤフー、エキサイト、インフォシーク、ライコスらである。 中でもヤフーは、広告収入主体のビジネスモデルだけで成立する会社だが、98年第1四半期(98年1月〜3月)の売上高は約3020万ドル(約40億円)。利益も430万ドル(約5億8000万円)を計上した。間違いなく、「ポータル」戦争の覇者を目指し得る立場にいる。 さらに当然のことながら、これだけの広告収入事業機会が顕在化すれば、従来型メディア大手も触手を伸ばす。従来型メディアで動きが最も活発なのは、ディズニー。そして、いつでもどこにでも現れるマイクロソフト。
マイクロソフトはNBCとの提携によるMSNBCやマイクロソフト・ネットワーク(MSN)、OS独占をテコに「ポータル」をも押さえようとしてくるに違いない。 「ポータル」を巡る競争は、まだ始まったばかりである。しかし、これまでのインターネット新事業機会と違って、「何によって金儲けをするのか」の答えが、「広告収入なのだ」と明確になっているだけに、競争の構図は比較的わかりやすい。この観点から見れば、オンラインサービス事業、ブラウザー事業、サーチエンジン事業、ISP事業などは「広告収入」を目指すという意味で、「ポータル」事業という姿に融合し、その過程で、これからも合従連衡が続く。
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