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新時代の「果実」独占を狙いAOL、AT&Tが陣取り合戦
1999年5月1日[日経PC21]より インターネット産業は今まさに興隆期に突入した。収益が上がる仕組みが構築され、顧客志向企業が登場。そして巨大な複合事業体が総合サービスを提供する時代へ。AOLによるネットスケープ買収はその象徴である。 ネットスケープ・コミュニケーションズがインターネット閲覧(ブラウザー)ソフト「ナビゲーター」をリリースした時からちょうど5年が経過した1998年11月24日、アメリカ・オンライン(AOL)によるネットスケープ買収(総額42億ドル)が発表された。 私は、94年から98年までの5年間と、今年からの5年間とでは、インターネット産業の動きはまったく違うものになると、いま強く確信している。 94年からの5年間を「インターネット産業の萌芽期」と呼ぶとすれば、米国は今まさに、「インターネット産業の興隆期」に突入したところである。AOLによるネットスケープ買収は、萌芽期から興隆期へと移り変わっていくインターネット産業を、三つの意味で象徴する事件だった。 第一の意味は、「ビジネスモデルを模索する時代」(萌芽期)から「リアルマネーが見えた時代」(興隆期)への転換である。 ビジネスモデルの模索という意味では、これほど短い間にこれだけの新しいビジネスモデルを試み続けてきた企業は、歴史を見渡しても、ネットスケープをおいて他にはない。 ネットスケープの事業は、94年11月、ソフトウエアをインターネット上で無料配布するところから始まったが、「ソフトは無料配布するが、正式バージョン(クライアントソフト、サーバーソフトとも)はすべて有料」というビジネスモデルに始まり、「クライアントソフトは無料、サーバーソフトは有料」へ、そして「自ら開発した巨大ソフトのソースコードをすべて無償公開してオープンソース開発方式に転換、有料のサーバーソフトとポータルの広告収入を収入源に」というビジネスモデルへと、めまぐるしい変遷を続けた。それでも単独での事業展開は厳しく、結局はAOLの傘下に入ることとなったわけだが、5年間の全力疾走の代償が42億ドルという買収総額であった。 一方、買収した側のAOLは、「オンラインサービスの顧客」(一人当たり20ドル前後のリアルマネーが確実に収入源となる)の数をただひたすら増やす努力をしてきた企業である。その顧客数が1000万人を越えた頃からメディアとしての価値が生まれ、顧客からの売り上げの積み上げに加えて、莫大な広告収入も入りはじめた。 今年1月4日、AOLは、同社1500万人ユーザーのホリデーシーズン期間中(感謝祭からクリスマスまでの6週間)のeコマースが総額12億ドル(一人平均80ドル)に到達したと発表。AOLユーザー以外もすべて含めれば、少なく見積もっても約40億ドルから50億ドル規模の商取引が、ほんの6週間の間にネット上で発生したと考えられ、98年は「米国でeコマースが市場離陸した年」として記憶されることになることは間違いなくなった。 ごく普通の人がごく普通の品物をネット上でこれほどまでに買う時代が来たのならば、必然的に、広告収入も「模索の時代」から「リアルマネーの時代」に入る。 ついに、2月3日には、「5年間で総額約5億ドル」というネット史上空前の広告・販売促進契約が、AOLとクレジットカード発行会社のファーストUSAとの間で締結された。 ネットスケープは、こうした「巨額のリアルマネーをめぐるビジネス」を裏で支える存在になったのである。 第2の意味は、「技術指向企業の時代」(萌芽期)から「顧客指向企業の時代」(興隆期)への転換である。 ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)の基本概念がティム・バーナーズ・リーによって提示され(90年代初頭)、その概念を実現したブラウザー「モザイク」が生まれ(93年)、そしてそれがネットスケープのナビゲーターにつながり、インターネットの商業利用が本格化した。これが90年代前半の大きな流れだが、その後もネットワーク技術、ソフトウエア技術をはじめとする「さまざまな技術指向企業が産業を牽引する時代」がずっと続いた。 ネットスケープに代表されるこうした技術指向企業の努力がなければ、インターネットというまったく新しい情報インフラがこれほどまで早く全世界に普及することはなかっただろう。 しかし技術指向企業の多くが、96年頃から大手企業に買収される動きが急となった。ネットワーク技術を持つ有望ベンチャーをシスコシステムズが次々に買収して自社製品ラインアップを強化し、ソフトウエア技術を持つ有望ベンチャーはマイクロソフトの傘下に入った。他の大手企業もこの2社ほどではないが、自社の将来に不可欠な技術を持つベンチャー企業を買収する戦略に出た。 一方、時を同じくして96年頃から台頭してきたのが、「顧客指向に徹して新しいサービスを提供する企業」だ。85年に設立された「オンラインサービスのAOL」はその走りといえるが、「ポータルのヤフー」、「書籍ネット通販のアマゾン・ドット・コム」、「ネット競売のeベイ」、「コミュニティーサイトのジオシティーズ」といったベンチャー企業は、すべて95年以降に設立された、とりたててこれといった技術など持たないベンチャー企業である。 AOLによるネットスケープ買収は、こうした意味で、「技術指向企業の時代」から「顧客指向企業の時代」への転換を象徴しているのだ。 また顧客という観点では、萌芽期の5年間には見られなかった現象が、今年に入ってぽつぽつと散見されるようになった。 一言でいえば、「ベンダー (製品またはサービスの提供者) 側の予想を大きく上回る反応が顧客から一気に寄せられて、ベンダー側が右往左往しつつも嬉しい悲鳴を上げる」という現象である。 1月31日、米プロ・フットボールの決勝戦「スーパーボウル」のテレビ中継で、下着メーカーのビクトリアズ・シークレットは「下着のファッションショーをインターネット上で生中継するから、www.victoriassecret.comにアクセスしてください」というメッセージのCMを流した。 スーパーボウルは、そのCM広告費が年間を通したテレビ番組の中で最も高いので有名。その額は30秒のスポット広告で約150万ドルと途方もない。それだけのコストをかけてもビクトリアズ・シークレットがやりたかったのは、テレビの前の視聴者を直接ウェブサイトに呼び込むことであった。 このCMが流れた約一時間後には、100万人以上のアクセスが同社ウェブサイトに殺到した。そしてファッションショー当日は200万人がアクセスしたところで打ち止め、さらに100万人単位の人々がアクセスを試みたができなかったという程の盛況であった。 もう一つの例が、フリーPCという名のベンチャー企業による無料パソコン配布に対する顧客の反応である。携帯電話の世界では、その先ずっと継続するサービス収入を期待して、電話機そのものを無料にして加入者を獲得するという営業形態がかなり前から行われているが、フリーPCはその考え方をパソコンにまで適用しようとする最初の試みといえる。携帯電話における「継続するサービス収入」に相当するのが「広告主からの広告収入」である。パソコンの価格がぐっと下がったことも、こんな新しい試みを成立させる一要因となっている。 フリーPCは、無料配布希望者を同社ウェブサイトで募集し、希望者の個人情報を入力させる。広告主の観点で「広告対象者として適する」(たとえば家族構成や趣味などが広告主の期待にマッチする場合)との判断が下された希望者には、店頭小売価格で600ドルから1000ドルのパソコンが無料で提供される。その代わり、そのパソコンの画面にはフリーPCと契約する企業(広告主)の広告が常時表示されるという仕組みである。 2月8日の発表時点で、フリーPCは1万台の無料配布を計画していたが、翌日には予想を大きく上回る30万人以上の応募が殺到してしまった。同社は2月26日、「最初の1万台はテストにすぎず、1年以内には百万台を無料配布したい」と強気の発言に切り替えた。 第3の意味は、「個別技術、個別サービスを提供する時代」(萌芽期)から「巨大な複合事業体が総合サービスを提供する時代」(興隆期)への転換である。 AOLによるネットスケープ買収に刺激され、ポータルをめぐる大型買収が今年に入ってから相次いでいる。 まず1月8日、インターネット接続サービスのアットホームによる、検索エンジン系ポータルのエキサイト買収(総額67億ドル)。続いて1月27日、ヤフーによるコミュニティーサイトのジオシティーズ買収(総額39億ドル)。そしてさらに2月9日、米メディア大手USAネットワークスと独立系ポータルのライコスが合併して新会社を設立した。※ この一連の動きは、ポータルが単独事業として存続するのではなく「巨大な複合事業体」における重要な構成要素として位置づけられたことを意味している。 「巨大な複合事業体」とは、高速インターネット通信用物理インフラ(米国では電話とCATVが中心)、高速インターネット接続サービス(ISP、オンライン・サービス)、ポータル(含コミュニティー)、コンテンツ、eコマースの5つを構成要素とする「グローバル双方向情報通信放送インフラ」のことである。 通信収入、接続サービス収入、メディア収入(コンテンツ、広告)、コマース収入のすべてがリアルマネーとして認知されてきた今、この「巨大な複合事業体」は、ネット新時代における「最もおいしい事業」を一人占めするチャンスに直面している。 だからこそ、「不当なほど巨額」と揶揄されるほどの買収額で陣取り合戦に走っているわけだ。この「巨大な複合事業体」を目指す競争の先頭を走るのが、AOLと米長距離通信最大手のAT&Tである。 AOLは、5つの構成要素の中で、高速インターネット接続サービスとポータルに軸足を置き、高速インターネット通信用物理インフラでは主に電話会社との提携によって確保、コンテンツとeコマースは多数の企業との提携によって確保という戦略を取っている。 AT&Tは昨年7月、CATV大手のテレ・コミュニケーションズ(TCI)を買収、そして今年2月1日、もう一つのCATV大手のタイム・ワーナーとの大型提携を発表した。自らのよって立つ基盤である電話インフラに加えてCATVインフラも押さえて、高速インターネット通信用物理インフラは万全の構えである。そして、ポータルであるエキサイトを買収したアットホームは、CATV網を活用した高速インターネット接続サービスを提供する新興企業であり、バックにいるのがTCIである。 つまり、AT&T―TCI―アットホーム―エキサイトというラインができたことで、物理インフラだけでなく、高速インターネット接続サービスとポータルまでを押さえたことになるわけだ。 AOL、AT&Tを追走するのが、ジオシティーズを買収してさらにポータルを強化するヤフーであり、オンラインサービス(MSN)と各種eコマースサイト(Carpointなど)を独自展開し、資金力が豊富でどんな手も打ち得るマイクロソフトである。 もちろんこれからも続々と「個別技術、個別サービスを提供する企業」が生まれてくるであろうが、技術指向企業が96年頃から次々にシスコやマイクロソフトに買収されたのと同じように、その多くは買収などによってこれらの「複合事業体を目指す企業連合」に統合され、いずれは「巨大な複合事業体が総合サービスを提供する時代」がやってくるのであろう。 ※編集部注:USAネットワークスとライコスの合併は株主の反対によって中止となった。その後ライコスは2000年5月にスペインのネット接続業者テラ・ネットワークスに買収された。 ■
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