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起業家精神こそ経済再生の決め手

2002年10月23日[産経新聞「正論」欄]より

---「学び続ける意志」で新産業の創出を---

《MITの巨大プロジェクト》
 米マサチューセッツ工科大学(MIT)の講義内容すべてをインターネット上で無償公開する巨大プロジェクトがついに本格的に動き出した。「オープンコースウエア」というこの構想自身は二〇〇一年四月に発表されたが、それから約一年半の準備期間を経て、パイロットプログラムが九月末から動き始めた。

 二〇〇七年までに学部と大学院課程全部を網羅した二〇〇〇科目の教材が公開される計画だが、現時点ではそのうちの三六科目だけが試験的に公開されている。

 科目ごとに、講義摘要、必読書、講義で使うスライド、講義メモ、課題、試験と解答、科目によっては講義を録画した映像や学問の概念を解説する動画像までが無償公開されている。つまり世界中の誰もがインターネットへのアクセスさえあれば、この教材を駆使して自由に好きなだけ勉強できるわけだ。

 百聞は一見にしかず。興味のある読者の方は、http://ocw.mit.edu/を散策していただきたいと思う。科目ごとの情報量の豊富さを体感すれば、新技術も活用しつつ二〇〇七年に完成する「知の体系」のスケールの大きさを想像できるだろう。

 MIT学部生の授業料は、年間二万六九六〇ドルとものすごく高い。この高額授業料の価値は、教授・教官と学生、あるいは学生同士の、つまり人と人との間のやり取りにこそあるのだから、コンテンツ自身は世界に広く公開するという考え方が背景にある。MITはこの無償公開を「世界全体の学習の質の向上、ひいては世界全体の生活の質の向上のため」と説明しており、ヒューレット財団とメロン財団が資金面でバックアップしている。MITのこの斬新かつ大胆なプロジェクトは、世界の高等教育に大きな影響を及ぼしていくと思われる。

 ところで私は、起業家精神のメッカであるシリコンバレーに移り住んでまもなく八年になる。最近、思うところあって、シリコンバレーで活躍する起業家たちに、一人二時間くらいずつ時間を取ってもらい、彼ら彼女らの来し方に虚心で耳を傾けてみるという作業を始めた。

《独学で道切り開く起業家》
 その作業を通して強く感じるのは、起業家に共通する特徴として、人生のある時期に、たいへんな集中力と気迫で、新しい知識を独学で習得しているということである。

 研究者が専門を極めていく中で創造性を発揮するのと違って、起業家はその時代の要請を敏感に感じ取って事業機会を掴(つか)み取る。その一点において創造性と行動力を発揮する存在である。変化こそが機会を生むのだから、起業に必要な知識を、起業家が起業段階ですべて持ち合わせている場合のほうが稀(まれ)である。

 過去に自分が歩んできた道のりの中でたまたま学ぶチャンスのなかった知識の欠如によって未来の可能性が縛られるのはたまらないと思う気持ちが強い起業家は、独学によって自ら道を切り開いていく。起業家精神と独学は不可分なものなのである。

 その意味では、MITの「オープンコースウエア」は、老若男女を問わず起業家精神溢(あふ)れる人々にとっての新しい「独学のインフラ」としても、英語圏の社会に根付いていくことだろう。

《日に日に増すIT潜在能力》
 米国経済における現局面は、九〇年代後半の「IT(情報技術)への過剰な期待」が生み出したITバブル崩壊の調整過程にある。しかしIT自身の潜在能力は日に日に増すばかりで、今も水面下で、私たちの社会に大きな変化をもたらそうとしている。特に「知の巨大な空間」となったインターネットの世界に積極的に関与して勉強し、自分の知識やスキルを磨き続けようとする意志を持つ人達と、そんなことには全く興味すら持たない人達との間で、きわめて深刻なデバイド(格差)が起こるだろう。

 日本経済もますますの激動期に入る様相を呈してきた。不良債権処理によって日本の金融システムを安定化させることは、日本経済再生の必要条件だが十分条件ではない。不良債権処理に伴う企業再編・淘汰(とうた)の先に、力強い新産業が創出されねば日本経済は再生しない。生活者の潜在需要を顕在化させて生活サービス産業を創出するときにも、基礎研究の蓄積がバイオ産業のような新産業に結実するときにも、最も重要なのは起業家精神である。日本社会のありとあらゆるセクターの心ある人々が、「学び続ける意志」を含む旺盛な起業家精神を取り戻さなければ、日本経済の再生は難しいのである。

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