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個人の才能を信仰
大物招聘、戦略の核に 人材呼び寄せる効果期待

1997年11月19日[日経産業新聞]より

 シリコンバレーをシリコンバレーたらしめている思想に、「個人の才能」への強い信仰がある。ハイテクビジネスにおける「個人の才能」の差は、プロスポーツやショービジネスにおけるそれとほぼ同じくらい大きい。

天才の獲得を競う
 150キロのスピードを投げる投手と優れたソフトウェアを早く大量に書くエンジニアは、その才能の希少性において同じだ。国際映画祭でグランプリの取れる映画監督が指折り数えるほどしかいないのと同様、巨大ハイテクビジネスの経営ができる優れたCEOだってほんのわずかだ。

 米国ハイテク企業の経営は、こんな才能至上主義経営の思想を前提に成立している。昨日「シスコ、買収続け急成長」で話題にした「スタートアップ買収マネジメント」にも、根底にはこの思想が流れている。

 約2年前の夏、ビル・ゲイツは、ひとりの正真正銘の天才をマイクロソフトの研究部門に招聘(しょうへい)した。その天才の名はゴードン・ベル。70年代に一世を風靡(ふうび)したDEC社VAXシリーズのアーキテクチャー(基本設計)を構想・開発し、今もビジョナリ−(未来についての洞察に優れたオピニオン・リーダー)として名高い。

 個人が使うPC環境から、企業情報システム全体へと事業を拡大するマイクロソフトが、そのための研究所を設立するに際して、まず行ったのがゴードン・ベルの招聘だったのである。

 続いて、データベース、トランザクションの処理の世界ではナンバーワンの研究者として知られるジム・グレイという男を引き抜き、新築のベイエリア研究センター(サンフランシスコ)を立ち上げた。今は、ウィンドウズNTを搭載したPCをたくさん使ったシステムで、大型コンピューター以上のトランザクション処理性能を出す研究がサンフランシスコで続けられている。

 データベース・ベンダーのインフォミックス社の幹部がため息まじりに言う「ジム・グレイがマイクロソフトに行ったと聞いて、本当に驚いた。マイクロソフトはデータベースに対しても本気なんだってことを実感したよ。うわさじゃ、ジムに100万ドル以上の契約金が出たらしいよ」。

「金の話は後から」
 何か大きな経営意思決定がなされるとき、「それを執行するための最高の才能は誰なんだ?どこにいるんだ?連れてこられるのか?まずそれを考えろ。金の話は後からだ」。こんな問いかけがすぐに始まるのが、才能至上主義経営である。

 これは何も研究者の世界だけの話ではない。業績が悪化したネットワーク・ソフトウェア大手のノベル社が、経営再建の柱にしたのはサン・マイクロシステムズのCTO(最高技術責任者)だったエリック・シュミットのCEO就任であった。シュミットが業績と株価を回復させれば、ストックオプションによって莫大(ばくだい)な成功報酬が約束されることは間違いない。

 「××分野で一流の人材は、世界中に何人くらいいるんだろう」
 「だいたい数100人というところでしょうね」
 「そのうち我が社には何人いるんだ?シェアは何%くらい?ところでA社を買収すると、その人材シェアを30%にまで伸ばせるのかな」
 「それは間違いないでしょう」
 「××分野で一流の人材の30%を押さえれば、どんな変化にも対応できるはずだ。だからその買収には大きな価値がある」

 こんな会話が、経営者たちの間でやり取りされることもあるそうだ。才能は才能を呼ぶわけで、大物の招聘や、買収によって人材をグループで獲得すると、またそこに新しい才能が集まってくるという好循環も期待できる。

影響力に共通認識
 プロスポーツやショービジネスと同様、「個人の才能」によって結果が大きく左右されるものだという共通認識があり、「才能の獲得」をめぐる競争が存在し、市場原理が導入されている。そのために、米国ハイテクビジネスにおける報酬システムは、普通の産業界とはかなりかけ離れ、プロスポーツやショービジネスに近い形態になっているのである。

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