ミューズアソシエイツのホームページへ パシフィカファンドのホームページへ JTPAのホームページへ 梅田望夫
the archive

ビジネス生態系
異質企業で新市場創造 リーダーシップ戦略に影響

1997年11月20日[日経産業新聞]より

 「産業」という言葉の対概念として、「ビジネス生態系(エコシステム)」という言葉が、ここシリコンバレーでは最近よく使われる。
 
予想不能の混とん
 ビジネス環境が比較的予測可能で、競争のルールや競争相手が誰でにもはっきりとわかっているような世界を「産業」と呼ぶとすれば、「ビジネス生態系」というのは、複数の産業の境界が融合し、さまざまなタイプの企業群がうごめいて新市場の創造を目指す、予測不可能の混とんとした環境のことをいう。

 あたかも「生態系」のように、異なった遺伝子をもつ異質な企業群が協調したり競争したりしながら、その環境が進化していくというわけだ。

 ある1つの事業環境を「産業」ととらえるか「ビジネス生態系」ととらえるかによって、そのリーダーシップ戦略は大きく変わってくる。

 たとえば、パソコンをめぐる事業環境を、最終製品であるパソコンの「産業」ととらえると、IBM、NEC、コンパック、東芝といったパソコンメーカー群が繰り広げる市場シェア競争がリーダーシップをめぐる戦いとなる。

 しかし、パソコンをめぐる事業環境を、パソコンに関連する周辺機器、ソフト、半導体、電子部品を供給する企業群、家電・通信・コンテンツ・放送といった周辺企業群、販売チャネルやシステムインテグレーター、顧客までが互いに影響を及ぼしあう「ビジネス生態系」としてとらえられば、おのずと違ったスケールのリーダーシップ戦略が必要となる。

 マイクロソフトやインテルのここ数年間の戦略は、こんな文脈で読み取るべきであろう。

成長過程の障害除去
 「ウィンテル支配」−−。いつごろからマイクロソフト、インテルの成功は、こんな言葉で呼ばれるようになった。1981年、IBMパソコンに両社の基本ソフト(OS)と中央演算装置(CPU)が搭載されたことが「ウィンテル支配」のきっかけだったことは事実だが、このことだけが10数年後に巨大化したパソコン市場を支配できた原因だと考えるのは短絡に過ぎる。

 確かにこのきっかけは大きな意味を持ったが、その十数年間の両社の戦略次第では、どんな事だって起こり得たのだ。

 たとえば、90年代初頭以来インテルは「アーキテクチャー・ラボ」という組織を作り、年間平均1億ドル以上の資金を投じつづけている。

 パソコンのアーキテクチャーが進化・成長を続けていく上での障害を、インテルチップの周辺で事業展開を図る企業群の視点から取り除いていこうという使命をもった組織である。

 新市場を創造するアプリケーションや周辺機器などを手がける企業群と一緒になって、どんな技術的課題が解決されれば、PCの周辺に新市場が次々と創造され得るのかを研究し続けてきた。その結果、通信、セキュリティー、グラフィックス、マルチメディアといったさまざまな新しいソフトウェア標準を構想し、次世代チップに新機能を次々と採用していった。

新しい種子次々誕生
 インテルは、PC事業環境を「市場創造によって絶え間なく進化していく生態系」ととらえ、生態系を構成する膨大な数の企業と協力して、その生態系全体が豊潤な実りを生む環境となるよう努力を続けてきたのである。この考え方が、ビジネス生態系リーダーシップの根幹である。

 「ウィンテル・アーキテクチャー・パソコンを中心とした生態系」と「アップルのマッキントッシュを中心とした生態系」とが、生態系間での競争を続け、結局、前者が決定的勝利を収めたことが、今日のウィンテル支配を作り出したのである。

 今ハイテク産業は、PC世代からインターネット世代へと大転換の時期を迎えている。エレクトロニックコマース(電子商取引)、デジタルメディア、インターネットテレホンなどなど、「産業」というには混とんとしすぎた「ビジネス生態系」の種子が、次々に生まれようとしている。そのさまざまな「新しい生態系」でのリーダーシップを目指して新しい競争がまさに始まったばかりなのである。

ページ先頭へ
Home > The Archives > 日経産業新聞

© 2002 Umeda Mochio. All rights reserved.