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ソフト開発「革命前夜」

1998年8月17日[日経産業新聞]より

 ひょっとしたら、コンピューター産業始まって以来の一大事が既に始まってしまったのかもしれない。そんな風に思うそばから、いやいやこれは非常に狭い世界の出来事で、産業全体にインパクトを与えるほどの話ではないのさと思い正してみたり。こんな自問自答を何ヶ月も繰り返してきたが、私は少しのリスクを冒しても、こう書くことにする。

 「オープンソースの流れは本物だ。ソフトウェア開発のあり方が根底から覆されることで、コンピューター産業の産業構造が変わるほど大きなインパクトである」と。


 オープンソースとは、あるソフトウェアのソースコードを無料(フリー)で公開し、世界中の優れたプログラマーのだれもが自由(フリー)にそのソフトウエアを改良して再配布することを許すソフトウエア開発方式のことである。現在世の中で使われているほぼすべてのソフトウエア製品が、オープンソースとは対立する概念に基づく従来型開発方式によって開発されたものだ。

 マイクロソフトを含むすべてのコンピューター企業の従来型ソフト開発方式とは、その企業の開発プロジェクトして、当然のことながら企業内の閉じた環境で進められ、プログラマーは企業の社員(またはコントラクター)となってプロジェクトに参加する。企業の知的財産そのものともいうべき開発中のソースコードなど、広く一般に公開されるわけがない。プロジェクトリーダーが存在し、製品戦略やスペックを決め、厳正なプロジェクト管理の下で開発される。

 オープンソースの場合、誰かがあるソフトウエアの中核部分を自発的に開発すると、それをソースコードも合めてインターネット上で公開してしまう。その中核部分が多くのプログラマーをわくわくさせるような魅力に富んだものであると、世界中のプログラマーがよってたかって新機能を開発したり、バグを修正したりしながら、製品の完成度を高めていく。

 もちろん彼らはだれからも強制されない代わりに、一銭も金をもらわず、ただただ「好きで楽しいから」素晴らしいプログラムを書く。

 ある新機能が製品の一部として採用されるかどうかは、その新機能の「ソフトウェアとしての秀逸さ」をプログラマー仲間が認めるかどうかで決まる。そのコミュニティーにおいて「こいつはすごい奴(やつ)だ」と認められることが、オリンピックで金メダルを取るような栄誉なのだ。  

 優れたプログラマーにとっては理想的な、実力主義的桃源郷のような世界がネット上に生まれているといってもいいが、そんなオープンソースの世界から生まれて産業界の主役に踊り出ようとしているのがウィンドウズNTの競争相手として急浮上するLinux(リヌクスと発音する)である。

 Linuxはフィンランド・ヘルシンキ大学の学生、リーヌス・トーヴァルズが1991年、21歳のときに手作りで開発したパソコン用UNIXが中核部品となって、その周辺で世界中の優れたプログラマーがネット上で自発的共同作業をした結果完成し、今も日々進化を続けるOSである。多くの米国企業が本格採用に踏み切るほど、完成度が高い。


 Linuxだけならば突然変異で済まされてしまうかもしれない。しかし、ウェブサーバーのアパッチ、電子メール配信管理ソフトのセンドメールなど、同時多発的にいくつものオープンソース製品が市場で高い評価を受け始めた。ネットスケープは3月31日以来、ブラウザーのソースコードを公開しているが、大規模ソフトのオープンソース型開発という壮大な実験が、今ネット上で始まっているのだ。

 従来型ソフト開発の立場からいえば、スッペクもない、製品計画や製品戦略もない、開発工程管理もない、いい加減なやり方で、実用に耐えるソフトなど開発できるはずがない。

 しかし、それがなぜかできている。インターネットというインフラのおかげで、世界中の優秀なプログラマーという資源が結び付けられたことで、何か全く新しい、えたいの知れないことが起こり始めているのだ。

 もしオープンソースが主流となれば、コンピューター産業におけるビジネスモデルが大きく変わり、マイクロソフトへの富の集中や、シリコンバレーベンチャー企業の隆盛といった現象にも変化が起こるかもしれない。

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