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商取引変える「完全情報」

1998年10月11日[日経産業新聞]より

 ロシア経済の混乱を引き金にした世界同時株安の流れを受け、米国株式市場は8月下旬から乱高下が続いている。こうした環境下、株式公開予定を遅らせるベンチャー企業が相次ぐなか、9月14日、インターネットオークションのeべイ社が米国店頭株式市場(ナスダック)に株式を公開した。1抹当たり18ドルで売りに出された同社株式は、同日終値で47.37ドルにまで跳ね上がった。現在シリコンバレーで最も注目を集めるインターネットベンチャー企業である。

 http://www.ebay.comにアクセスすれは一目瞭(りょう)然だが、eべイは膨大な商品在庫を持つ巨大オークションセンターになっている。売り手はeべイに登録料(25ドルから50ドル)を支払って自分が売りたい商品と最低価格を登録する。そこからオークションがスタートする。1週間後、インターネット上で最高入札価格を提示した買い手と売り手の間で商談がまとまる仕組みで、eべイは取引価格の1.25%から5%を仲介手数料として手にする。

 同社Webサイトによれば現在1816カテゴリーに分類された72万1463商品が「売り出し中」の状態にあり、95年9月の事業開始以来の取引が成立したという。年間売上高は昨年(97年度)の574万ドル(約7億7000万円)から、今年はその5倍以上に伸びる勢いである。

 同社が収り扱うのは、なかなか手に入らない商品や、簡単に見つからない商品が多く、商品が偽物だった場合の責任の所在など、まだ解決すべき課題もあるが、インターネットオークションはeコマースの一分野として確立しつつある。


 インターネットの世界のeコマースは「完全情報市場(パーフェクトマーケット)という理想像に向かって着々と動き出しているといっていいだろう。

 完全情報市場とは、まず買い手(顧客)から見たときに、世界中に存在する売り手(サプライヤー)や商品の情報が、すべて完全な形で利用可能となっている状態をいう。また、売り手から見たときには、買い手についての情報が、すべて完全な形で利用可能となっている状態をいう。

 こうした理想的な完全市場では、買い手は自分の必要とするものを最も早く最も賢く手に入れることができるし、売り手は買い手にカスタマイズした「付加価値の高い買い手固有の商品やサービス」を提供するチャンスを得るわけだ。

 完全情報市場に向けての萌芽(ほうが)期の実例をいくつか見ていこう。

 インターネット上での書籍販売で有名なアマゾン・ドット・コムは8月4日に、ジャングリーというベンチャー企業を買収した。ジャングリーはインターネット上に散在する商品情報や求人情報を比較して、顧客に最も適したものを選び出してくる技術を持つ会社である。今後、世界中に存在する売り手や商品に関する情報がぐっと充実してくるにつれ、ジャングリーの延長線上に位置する技術がますます効果を上げるはず。アマゾンはこの買収を期に、書籍販売だけでなく「顧客の立場に立って、売り手に関する完全情報との間を仲介する存在」になろうとしているのである。


 同じ意味でもうひとつの注目企業は、アリバ・テクノロジーズ社である。この会社は約2500億ドル(約21兆円)という巨大な米国・企業購買市場をターゲットとして、文具店からトラベル経費までの社員の購買行為を自動化するソフトを開発した。複数の売り手の電子カタログをオンラインでつなぎ、最も良い品を最も安く買えるよう企業を支援するのである。

 逆に売り手側で「買い手に関する情報」を意識的に集め蓄積し、それを生かそうという動きも急である。例えば、98年4月にマイクロソフトが買収したファイアフライ・ネットワークス社のソフトを使えば、インターネット上で顧客情報を収集し、それをもとに顧客特性を分析・推論し、その顧客にあった商品を推薦したり、コンテンツや広告を選び出して提供するといったサービスを開発できる。アマゾンと競合するバーンス・アンド・ノーブル社のインターネット書店をはじめ、多くのインターネットサイトが、このソフトを使って、買い手にカスタマイズしたサービスを提供しようとしている。

 買い手にとっては売り手の、売り手にとっては買い手の完全情報が利用可能になれば、全く新しい商取引プロセスがインターネット上で生まれるはずである。冒頭のeべイによるインターネットオークションは、「大きな流れ」のほんの始まりと見るべきであろう。 完全情報市場の全く新しい価値が多くの人々にはっきりと認識された時、商収引のあり方は、古いプロセスから新しいプロセスに向かって、雪崩を打ったように移行するに違いない。その巨大な事業機会に向け、米国インターネットベンチャーの勢いは、全く衰える兆しを見せないのである。

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