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巨大産業、ネットで革新

1998年11月8日[日経産業新聞]より

 クイズその1。「インターネットの影響を最も大きく受けて、産業に革命的な変質が起こる」といわれながら、そして理論的にはそうだとだれもが認めながら、実際には遅々とした変化しか起こっていない米国の巨大産業が2つあります。それは何と何でしょう。
 解答、ヘルスケア産業と教育事業です。正解。

 ヘルスケアは年間1兆ドルを超える米国最大の産業であり、教育も幼稚園から大学、大学院、企業の社員教育、社会人の生涯学習まで含め、年間6000億ドルを超える米国第2の巨大産業だ。 この2つの巨大産業は、公共的意味合いが大きいため、行政と産業のかかわりが極めて深い。規制がほとんど存在しない民間主導の産業に比べ、変化のスピードが遅い。

 またサービス対象が広く国民全員である点も、変化のスピードを遅らせる大きな要因となっている。インターネット普及は富裕層かつ知的レベルの高い層から進行しており、その層だけを対象としたサービス事業がどんどん立ち上がっているに過ぎないのが現状だからだ。

 変化が起こればその社会的インパクトは巨大だ。でもその変化を起こすには、膨大な時間と金が注ぎ込まれなければならない。


 クイズその2。こんな特徴を持つヘルスケア産業と教育事業を大きなビジネスチャンスととらえて動き出した米国産業界の超大物が2人います。それはだれとだれでしょう。
 「ジャンクボンドの帝王」マイケル・ミルケン氏と、「シリコングラフィックスス、ネットスケープの創業者」ジム・クラーク氏。この2人の名前を挙げるのが、2つ目のクイズの正解である。

 80年代に金融界に革命を起こすジャンクボンドで一世を風靡(ふうび)したマイケル・ミルケン氏は、88年の証券取引法違反での逮捕・服役以来、ビジネスの表舞台から姿を消していた。謹慎期間が明けた96年、彼がオラクル会長のラリー・エリリン氏らと共に設立した会社が、教育産業の革新を目指すナレッジ・ユニバース社だ。

 ジム・クラーク氏は82年に創業したシリコングラフィックス、94年に創業したネットスケープ・コミュニケーションを共に企業価値10億ドル(10億ドルとは英語で一ビリオンダラー、色々な点で目標となる区切りの良い数字)以上の会社に成良させた。米国産業史上、3つの会社を創業してそのすべてを10億ドル以上の企業価値を持つ会社に育てた例は過去にない。その快挙を成し遂げるべく彼が96年に創業した会社が、ヘルスケア産業の革新に取り組むへルシオン社だ。

 この2社は共に96年初めに創業され、共にシリコンバレーに本社を構える。 創業以来たった2年半のナレッジ・ユニバース社だが、マイケル・ミルケン氏、ラリー・エリソン氏らの個人資金5億ドルを元手に、買収によって教育分野の有力企業を次々と傘下に収めている。その売上総額は既に10億ドルを超えている。


 同社のビジョンは明解でスケールが大きいが、ちょっと不気味だ。

 「21世紀の初頭、あなたはまずナレッジ・ユニバース(以下KU)の経営する幼稚園に通い、KUインターラクティブがん具で遊びます。そしてKUの経営する小中高等学校に通い、KU教育ソフトを使ったカリキュラムの授業を受けます。大学では受講したKUオンラインコースを単位としてすることができ、入社した企業では、KUウェブベース・コンピューター訓練コースや、KU経営者養成セミナーが提供されることでしょう。」

 同社はこんな「ゆりかごから墓場まで」の教育ニーズをすべて分析し、参入すベき31のセグメントを特定し、買収・資本参加による事業構築を目指す。


 ヘルシオン社は医者、患者、病院、保険会社などヘルスケア産業を構成する関係者の間に存在する大量の紙ベースの情報(この処理コストだけで年間約2000億ドル)が、すべてインターネット上でオンライン処理される将来像をイメージ、その将来産業における中核的存在たらんとする企業だ。

 技術間発・市場創造のための投資が売り上げに先行するこのハイリスク型ベンチャー企業は、創業以来2年半での累積損失が約7300万ドル。創業の発想にはだれもが賛辞を贈るのだが、実際に事業を組み立てる段になっての困難が想像以上に大きいのが現状だ。

 8月下旬から続く米国株式市場の乱高下のなか、同社は予定していた株式公開による資金調達をあきらめ、既に同社に投資するベンチャーキャピタルなどから追加掛金を4000万ドル調達することにした。既に従業員約四百人を擁しているから、この追加資金もおそらく1年弱で使い切ってしまうだろう。果たしてその間に、市場創造の糸口を見付けられるのか。時間との勝負が既に始まっている。

 ナレッジ・ユニバース社が創業者の膨大な個人資産を元手に、既存企業の買収という手法で事業を拡大するのに対して、ヘルシオン社は有力ベンチャーキャピタルなどから資金を調達し、独自技術を開発して市場創造を目指すオーソドックスなシリコンバレー流を貫いている。

 変化を起こすには膨大な時間と金を注ぎ込まなけれはならない巨大産業の革新に、マイケル・ミルケン氏とジム・クラーク氏、この2人のアプローチのどちらが有効に機能するのであろうか。世紀末インターネット産業の大きな見どころのひとつである。

編集部注:ヘルシオンは1999年2月にNASDAQに株式を公開、同年11月にはWebMDなどと合併し、ヘルシオン/WebMDに改名した。ヘルシオン/WebMDはその後も他企業の買収を続け、2000年9月にWebMDに改名している。

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