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し烈な市場創造ゲーム

1999年7月19日[日経産業新聞]より

 インターネット関連製品・サービス事業は、市場創造ゲームである。何を作ればよいか、どんな事業モデルで展開すればよいかが初めからわかっている市場シェア獲得ゲームとは全く違う。

 時代の大きな流れの中から、これから立ち上がりそうな一つの製品・サービス領域がまずおぼろげながら見えてくる。これが市場創造の第一段階の「出現期」である。

 そしてこの領域に、少しずつ異なる考えを持った参入者が殺到し、ビジョンレベルでの競争が起こり、顧客を混乱させる。これが第二段階の「混沌(こんとん)期」である。

 続いて顧客を魅了できなかった敗者や誤った事業モデルが淘汰(とうた)され、いくつかの筋のよいビジョンを持った企業に収斂(しゅうれん)していく。これが第三段階の「淘汰期」である。

 そしてその領域の勝者と事業モデルがほぼ決定し、ビジョンレベルの競争から執行(Exclution)レベルの競争に移行する。これが第四段階の「コンセンサス期」である。

 最後の第五段階が「成長期」で、限られた顧客だけでなく、広く一般顧客にも理解できる世界となり、顧客ベースが急拡大していく。

 ウェブブラウザー(閲覧ソフト)を例にとって、この市場創造の五段階を振り返ってみよう。

 93年から94年が「出現期」。93年にモザイクと呼ばれる画期的なソフトが登場し、時代が大きく変化する予兆が感じられた。
 94年末から95年にかけてが「混沌期」。「ブラウザーとは何か」「どうやってビジネスにするのか」について、様々な考え方が提示された。

 ネットスケープはブラウザーを無料配布しシェアを高めてプランドを確立できれは、金もうけの材料は後からいくらでも見つかるだろうと考えた。ネットコムはインターネット接続サービスの加入者を増やすための道具としてブラウザーを定義した。スパイグラスは他の企業へのブラウザーのライセンス収入で事業を立ち上げようとした。マイクロソフトはウィンドウズの一部としてブラウザー機能を取り込んでしまえはいいのではないか、と考えた。

 95年末から「淘汰期」に入った。96年末から97年初頭にかけて、勝者はネットスケープかマイクロソフトのいずれかに絞られ、もうだれもブラウザー市場に参入することはできなくなった。ようやく「コンセンサス期」が訪れたのである。

 その過程でネットスケープはブラウザーを「ブランドであり、サーバー側のソリューションを売るための道具であり、ネット上で集客数を増やす道具」と拡大定義し、マイクロソフトは「OSの一部でネット上で集客数を増やす道具」と位置付けることとなった。

 そして今、世界のインターネット人口は急拡大の最中で、だれもが知らず知らずのうちにブラウザーを使う「成長期」にある。

 しかし、皮肉なことにブラウザー単独の市場は、この市場創造競争を経て消滅してしまった。ただ、ネットスケープは98年11月にアメリカ・オンライン(AOL)に買収され、ネット時代の覇者を目指すAOLにとっての対マイクロソフト競争戦略に組み込まれ、今も生残っている。


 さて99年7月現在、市場創造の各段階にどんな新し製品やサービスが位置付けられるのかを、最後にまとめておこう。

 「出現期」から「混沌期」に位置付けられる領域として、「パソコンを無料配布して、何か大きなビジネスを作ろう」というビジョンがある。パソコンの価格が十分に低下したことをきっかけに、「インターネットの世界は最初に何かを無償にして願客を一気に集めれは後で必ずいいことがある」という信仰に火がついた。

 しかし、パソコンの無料配布によって何を得るのか、最終的にどんな事業モデルが顧客に受け入れられるのかは、まだ見えない段階にある。MP3で話題沸騰の「インターネット上のデジタル音楽」というビジョンもまだ「混沌期」を脱し切れていない。

 さて「淘汰期」にあって「コンセンサス期」にまでは至っていない例としてインターネット広告が挙げられる。インターネットがメディアと位置付けられて広告の大きな可能性は見えつつあるものの、事業モデルの全貌(ぜんほう)はまだ明らかになっていない。

 ポータルは「コンセンサス期」にあると言えよう。ポータルを巡る合従連衡が今年初めから活発化したことは、「コンセンサス期」に入った何よりの証(あかし)であろう。

 書籍、CDのような「宅配便で発送可能な、いかにもネットで売りやすそうな製品」をネット通販する事業は完全に「成長期」に入っている。

 日本企業が肝に銘じなけれはならないのは、「出現期」「混沌期」から参入するリスクを取らない者には「成長期」の果実は得られないということだ。初期の市場創造リスクを取らないですむ方法は「コンセンサス期」まで生き残った勝者の一つを莫大(はくだい)な金額で買収することしかないのである。

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