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米サンの新構想の真意
1999年9月20日[日経産業新聞]より
今回は、サン・マイクロシステムズが8月31日に発表した新構想について取り上げようと思った。この新構想は、コンピューター産業全体にとって極めて重要な意味を持つからだ。そこで、日本ではどんな形で報じられているのかを調ベてみることにした。そして驚いた。日本での一部報道は、この新構想の真意を理解しないゆえの誤解を含んでいたからだ。 「サンはワープロや表計算などのソフトウェアを無料配付するサービスを今秋から開始すると発表した。これによってマイクロソフトの牙城(がじょう)を揺さぶる戦略だ」という一部報道は、サンの戦略のごく一部にしか言及しておらず結果として限りなく誤報に近いものとなっている。 サンは、8月31日、スター・デイビジョン社の買収を正式に発表した。スター・デイビジョン社の持つスターオフィスという商品は、ワープロ、表計算、プレゼンテーション資料作成ソフト、電子メール、カレンダー等の機能を持つ。 だれでも直感的にわかるように、この「オフィス向け基本アプリケーンョシソフト」分野は、既にマイクロソフトが完全に独占しており、普通に考えればスターオフィスに勝ち目など絶対ない。そんな「負け組」の代表のような同社を、なぜサンともあろうものが買収するのか。そこが新構想を正しく理解する上での出発点である。 サンがこのスターオフィスという「負け組」ソフトウェアを無料配布する計画は事実なのであるが、独占状態のマイクロソフトに対抗するために、今ごろになってただスターオフィスを無料配布しても仕方がないことは産業界の常識である。そんなことでは「マイクロソフトの牙城を揺さぶる」ことなどできない。それはサンも承知の上である。 サンは、スター・デイビジョン社の製品を買ったのではなく、製品開発を成し遂げる能力を持ったグループを買ったのだ。彼らを全く新しい構想のもとで方向転換させ、その実現によって産業界のルールを変えようとしているのである。 サンの新構想とは、パソコンユーザーがアプリケーションソフトをパソコン上にインストールするという現在の常識ではなく、ただインターネットに接続しさえすれは、マイクロソフト「オフィス」が提供すると同等の機能がネットから無償で提供される姿をイメージしているわけだ。しかも、サンはこのソフトをオープンソース化して、ネット上で進化させていくという計画も持っている。まだ未知数だが、Linuxのよう勢いを持つ可能性すらある。 「サンは、ワープロや表計算などのソフトウェアを無料配布するサービスを今秋から開始すると発表した」のではなく、「サンは、ワープロや表計算なとの機能をネット上から無償提供するサービスが、サンも含めて様々なサービス提供者によって今秋から開始されると発表した」のが正しいのである。それでこそやっと「マイクロソフトの牙城を揺さぶる」ことができるのだ。 マイクロソフトのステイーブ・バルマー社長は、サンの発表の数日後、インタビューに答えて、スターオフィス白身は全く脅威ではないが、すべてのソフト機能の提供をネットから無償で受けることが常識になって、顧客がパソコン上のアプリケーションソフトを買わなくなってしまうことが脅威だと語り、同社も真剣にその対応を考えていることを明らかにした。 この「サン対マイクロソフト」の闘いは、何も全く新しい話ではない。インターネット時代の幕開けからずっと続く壮大な「哲学の競争」の一側面に過ぎないのである。 95年秋、ラスベガスのコムデックスで発表された「ネットワーク・コンピュータ」(NC)という概念は、この「哲学の競争」が産業レベルにまで浮上した最初であった。構想されたNCにはハードディスクがついていなかった。つまりマイクロソフトのウィンドウスの代わりに、機器組み込みの軽いOS(基本機能とインターネットアクセス機能のみ)が使われ、アプリケーションソフトはネット上で動作させるという考え方であった。 パソコン時代にはデスクトップのハードディスク上に置かれていた「インテリジェンス」を、すべてネット上に移してしまえ。「これがインターネット時代の新しい考え方なのだ」という哲学がビルトインされた構想だった。デスクトップを押さえたマイクロソフトに代わって、ネットの中核であるサーバーを押さえることで「覇者の交代」を企図するサン、オラクルの「野望の表明」でもあった。 しかし95年とはいかにも早すぎた。NCが普及する代わりに現在までに起こったのは、500ドル・パソコン、300ドル・パソコンの登場であり、パソコン無償配布といった新しい事業モデルの台頭であった。 時代は「ハードディスクを含む既存のパソコン・アーキテクチャーのまま価格下落」という中庸の道を遊び、マイクロソフトの覇権は「いささかの不安」を胚胎しつつも揺るがず、今日に至っているわけである。
そして今、再び、サンが仕掛けた。それがスター・デイビジョン社買収であり、「アプリケーンョンソフト無償提供サービス」の発表だったのである。
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