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もっとも大胆で危険なかけ
1999年10月18日[日経産業新聞]より
米国インターネット産業史上「最も大胆で最もリスキーなギャンブル」と評されるベンチャー企業がある。その名はウェブヴァン(本社はシリコンバレー)。日本ではまだあまり知られていない。 ウェブヴァンが狙いをつけるのはグローサリー市場。日本語訳すれば食料品雑貨となるが、コンビニとスーパーで売っているもの全部をイメージすればよい。ウェブヴァンは、グローサリー分野のEコマース・リーダーたらんとするベンチャーなのである。 しかし本やCDのEコマースと違って、生鮮食料品を含むグローサリーは配達が大変だ。宅配便で送っておしまいというわけにはいかない。しかも、長持ちする商品ばかりではないので、在庫管理も簡単ではない。消費者もこのあたりに漠然とした不安感を持っているから、同分野で先行する競争者のピーポッドの事業も前評判のわりにぱっとしていない。 しかし可能性は巨大だ。米国グローサリー販売の市場規模は5000億ドル(約55兆円)そのうちの5%から10%がEコマース化しただけで、数兆円規模の新市場が出現することになる。本やCD販売の市場規模がそれぞれ百億ドルから150億ドル程度であることに比べれば、その可能性の巨大さがわかる。 そしてウェブヴァンのざん新さでもあり「最も大胆で最もリスキーなギャンブル」と評されるゆえんは、同社が「グローサリー分野のEコマース市場を立ち上げるためには、商品配達関連インフラをゼロから作り直さなければならない」、と強く決意している点にある。 普通のEコマースベンチャーはウェブサイトへの投資がほとんどで、商品配達については卸売業者や宅配業者の持つインフラを活用している。自らインフラを構築しようなどという考えはもたない。金がけた違いにかかるからだ。 ウェブヴァンのビジョンは、「現在のグローサリー・ビジネスのマージンは極めて薄い。最新技術をぶちこんだ巨大自動化倉庫を構築して、オンラインで受ける膨大な量の受注に的確に対応する。その結果、旧来型グローサリービジネスにおける不動産コストと人件費を削減することができるので、成功した暁には、素晴らしいEコマース事業が成り立つ」というものだ。 その証拠に、同社はこの7月、大手エンジニアリング会社・べクテルに対して、全米二十数カ所に最新鋭倉庫を建設するという総額10億ドル発注を行い、一躍有名になった。 ウェブヴァンは設立からわずか3年。Eコマース事業をスタートしてわずか3ヶ月。しかも全国展開ではなく、地元サンフランシスコとシリコンバレー地域に限定した事業展開。多く見積もっても月の売上は現在数億円程度。1年後でも10億円程度がせいぜい。利益のことについては今は言うまい。 こんなベンチャーが、1000億円以上のプロジェクトを発注してしまうところに、米国インターネット産業のすごみがある。 同社は設立以来3年間で、1億ドル強の資金をベンチャーキャピタルから調達。その金でこの事業準備を着々と進めてきた。売り上げが上がる前に、まずこの金を使いきっている。そしてつい最近、自社株約6.5%と引き換えに、ソフトバンクを含む3社から3億ドル弱の資金を調達した。さらにサービス開始から数ヵ月後、事業の方向性が正しいことを証明できた時点での株式公開をもくろんでいる。 簡単にいえば、500億円規模の資金を自社株と引き換えにすでに調達済みで、近々予定される株式公開でさらに数百億円の資金が手当てできるから、数年間にわたる総額1000億円プロジェクトの発注が可能となるわけである。この資金のすべてがリスクマネーである。失敗しても「返さなくてもいい金」。リスクマネーが流れ込むスケールもスピードも、日本とは全く比較にならないのである。 9月末、このウェブヴァンのCEOに、経営コンサルティング最大手、アンダーセン・コンサルティングのCEO、ジョージ・シャヒーン氏が就任することが発表された。 強大な可能性を秘める新事業に巨額のリスクマネーが投入され、事業立ち上げの準備が進められてきたとすれば、最後に必要になるのが超一流の経営者だ。 ウェブヴァンはシャヒーン氏に対して、次のような条件を提示したようである(こうした情報はすべて公開されている)。 年俸は50万ドル。目標達成ボーナスが25万ドル。同氏の前職の推定年俸は約500万ドルなので、現金収入という観点からのインセンティブは全くない。インセンティブはすべて同社の株式である。細かい条件は割愛し簡単にまとめれば、「株式公開がうまくすすみ、約4年間に渡って同氏がCEOとしてウェブヴァンを成功に導いた場合」の報酬は、同社の約3%から5%の株式である。 何年か後の企業価値をいくらと期待するかは難しいが、いずれにせよ、最低でも数十億円規模、うまくいけば数百億円規模の成功報酬といっていい。 「ノット・イナフ・ゼロ」。シリコンバレーでは最近よくこんな言葉を耳にする。「ゼロが十分でないよ」のゼロは現在年俸につくゼロの数のこと。シャヒーン氏にとっての500万ドルは「ノット・イナフ・ゼロ」だったわけで、「イナフ・ゼロ」の可能性を提示したウェブヴァンが同氏を獲得したのである。 インターネット革命最前線・シリコンバレーの時間は、このようなダイナミズムの中で流れているのである。 ■
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