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経営を科学的に捉える-リアルオプションを題材に(1)
2001年9月10日[BizTech eBusiness]より
本欄の5月から6月にかけて、「ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって(1)」と題して3回にわたって、岡田正大さん(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 専任講師)と議論した。今回はまた岡田さんにご登場いただいて、「経営」をテーマに議論してみたいと思う。 「経営」と言ってしまうとあまりに大きいテーマだが、私の問題意識は、欧米企業が「経営を科学的に考えようとする姿勢」を色濃く持っているのに対して、突き詰めて言うと日本企業は「経営とは人間の営みである」という見切りをしてしまっているという対比にある。高度成長期に比べて事業環境の不確実性や複雑性が増した現在、日本企業ももう少し科学的に経営をとらえる思考プロセスを根付かせていかなければならないと思う。 岡田さんと私が最近強い関心を抱いて勉強している「リアルオプション理論の企業経営への応用」というテーマも例としてご紹介しながら、あれこれと議論してみたい。 梅田 実は2年ほど前、日経ビジネス編集長(当時)の小林収さんと議論していたときに、「米国企業の強さの背景に、ビジネススクールとコンサルティングファームの質、量の両面での圧倒的充実がある」という視点を小林さんが持っていたので、強く同感した記憶があります。 岡田さんは、日本企業(ホンダ)に勤め、その後、ビジネススクール、コンサルティングファーム、さらに米国で経営学博士課程を終えて、今はビジネススクールで教えていらっしゃいますが、「経営を科学としてとらえる」姿勢における欧米と日本の差のようなことから始めたいと思います。まずは雑感というか、ご経験に照らした感想からお願いします。 岡田 「経営を科学的に捉える姿勢」における日米格差の要因をアメリカに求めると次の2点が重要と思われます。まず1つは、北米のビジネススクールでは、それがランクの高い学校であればあるほど、経営を学術的に研究することを非常に重視する点です。日本人の常識からは不思議に見えるかもしれませんが、いわゆるトップ50に入る程度のビジネススクールに在籍する教授は、本音の部分では教育以上に研究を重視している、というのが実情です。特にテニュア制度が学術論文における業績評価を中心に動くがゆえに、ノンテニュアの研究者の生産性が高い点も研究への注力を後押ししています。 第2に、これは良く指摘されますが、そうして生み出された経営科学の果実が、実業界によって非常に貪欲に吸収されるメンタリティがある点です。これは、北米に存在する350のAACSB承認校(日本にはたった1校)から輩出される分厚いMBAの層が、それら研究成果の「受け手」として企業側に控えている、というのが大きな要因でしょう。彼らにとってポーターはスターであり、教祖であり、戦略指南の最高峰だったわけです。ミシガン大で経営学のPh.D.を取得し、最近までロンドンビジネススクール教授だったゲアリーハメルも企業の戦略に多大な影響を与えているわけです。 総じて、経営を科学する場(ビジネススクール)と産業界が同じ言語(思考のあり方という意味)を共有し、ダイレクトにまたコンサルティングファームを通じて間接的に、常にインタラクションしているのがアメリカの常態であり、企業経営者に「科学的視点」「理論的視点」が根付いているひとつの要因だと思います。 梅田 私が経営コンサルティングファームに入社したのは1988年のことです。当時はまだコンサルタントというと日本では胡散臭い感じで見られていましたから、コンサルティングファームが一流大学新卒者の就職先として市民権を得た現在から比べて隔世の感があります。ただ、顧客である日本企業の本質はあまり変わらず、コンサルティングファームもビジネススクールの卒業生もきちんと活かしているようには思えません。コストをかけても「全く役に立たない」アウトプットが出てくるという認識が相変わらず一般的です。どこにその本質があるのでしょうね。 岡田 「資本主義の未成熟さ」という点を指摘したいと思います。特に戦後の日本企業は終身雇用で従業員を守りつつ企業が増殖する大家族主義で、それを政府と銀行が後押ししていました。投資家によるガバナンスは欠如していたと思われます。アメリカでは最初から投資家とその委託を受けた経営者のある種の「緊張の構図」が常に存在したので、「是が非でも利益を上げねばならない」という使命感が経営者に強く、そのためには透明性高く、衆目の認める手法で経営しなければならない。そこで納得性が高い経営のロジックは必然的に統計的裏付けをもった研究に根ざす理論、ということになります。コンサルティングファームは、まさにこの理論を実践に適用する役目を果たすので、アメリカ企業にとっては経営機能の必須の一部です。やはり日本企業にはそうした「緊張感」がないのが原因かと思います。 梅田 結局またそこにいきついてしまうわけですね。まあその点はこれからずいぶん日本も変わってくると仮定して、そろそろ「リアルオプション理論の企業経営への応用」ということに話をうつしていきたいと思います。「経営を科学的に捉える姿勢」を具体的にイメージするのにとても良い例だと思いますので。 ところで、さきほどマイケル・ポーターの話が少し出ましたが、8月24日の日経金融新聞に、ポーターが創業したモニターグループという米国のコンサルティングファームが、「金融商品のオプションの理論を企業の投資決定に応用したリアルオプションを使う経営コンサルティングを日本で本格展開する」という記事が出ました。 直感的には、「おいおい、日本企業にこんな先端的な手法を売るのは大変だぞ」と、コンサルティングファームのパートナーだった頃の苦労を思い出しましたが、それはさておき、「リアルオプション理論の企業経営への応用」の話は8月22日の日経産業新聞でも取り上げられていたようで、少し日本でも話題になり始めたようです。 その概念と、岡田さんが興味を持っていらっしゃる理由を、簡単に説明してください。 岡田 私がはじめてこのリアルオプションという名を耳にし、文献を読み始めた(もっともその重要性をまず指摘し、読むように指示したのは指導教授のバーニーだが)のは、Ph.D.課程の2年生だった1995年でした。この概念は、米国では1990年代半ばから、日本ではここ2,3年、経済学やファイナンスの世界を離れて、経営戦略論の分野でとみに注目を集めています。なぜか。それはリアルオプションが、「非常に不確実性の高い経営環境の下で、合理的な経営意思決定を行ない、プロジェクトや事業、さらには企業全体の経済的価値を最大化するために有効なツールと戦略発想の視点」を提供するからです。まさに現在の経営環境そのものに最も威力を発揮する考え方です。 そもそもまず「リアルオプション」という言葉の意味ですが、いわゆるコール(買う権利)やプット(売る権利)といった金融資産(外国為替、株等々)をめぐるオプションの考え方を、「実物」の資産に応用する、という意味で「リアルオプション」と呼ばれています。この言葉を最初に用いたのはMITの経済学者Myersの論文(1977)(Myers, S.C. 1977. Determinants of corporate borrowing. Journal of Financial Economics, 5: 147-175.)です。 先ほどリアルオプションには純粋に「ツール」としての優秀さと「戦略発想の視点」としての有用性があると申しましたが、まずは「投資意思決定ツール」としてのリアルオプションを考えてみます。この場合、リアルオプションは従来のDCF(ディスカウント・キャッシュフロー)の限界を補うことができます。すなわちDCF法では、現時点で将来にわたるキャッシュの流列を固定してNPV(ネット・プレゼント・バリュー)を計算するため、それら固定されたキャッシュフローがもつ不確実性を捨象しています。一方、リアルオプションはボラティリティそのものを含んだままで現時点の経済的価値を算出できるため、全く同じ投資案件でも意思決定が異なるケースが出てくるのです。 リアルオプションを考える上で特に重要な特徴は:
梅田 ここで第1回を終えて、次週に続きますので、もしウェブ上で読める「リアルオプションの企業経営への応用」についての文献があったら、読者の方のためにご紹介ください。 岡田 最近は日本でもリアルオプションの研究熱がとみに高まってきましたので、主要な著作の邦訳が手に入ります。リアルオプションをキーワードにBK1かアマゾンで検索すると色々と出てくると思います。 ウェブ上で入手可能な日本語のソースとしては以下のものがあります。ただ、ほぼすべて金融工学の延長としてのリアルオプションを、ある単独事業における投資の意思決定手法として適用するという立場です。今後議論を深めたい「戦略構築の視座」としてのリアルオプションについて語っている文献はウェブ上にはまだあまりありません。
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