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経営を科学的に捉える-リアルオプションを題材に(2)

2001年9月10日[BizTech eBusiness]より

 前回に引き続き、「経営を科学的に捉える姿勢」というテーマを「リアルオプション理論の企業経営への応用」という具体例を入れながら、岡田正大さん(慶應義塾大学大学院経営管理研究科 専任講師)と議論を続けていきたいと思う。

 梅田 1996年に(ずいぶん昔のことです)、「日本企業にシリコンバレーの活力を」という論文を書いて、日経ビジネスに寄稿したのですが、その中で大企業がコーポレート・ベンチャーキャピタルを活用して「数多くの実験を可能とする経営システムを構築するべきではないか」ということを提案しました。

 この「数多くの実験をできるだけ損を少なくする形で(場合によってはキャピタルゲインも得た上で)やれる方法でやる」ということと「リアルオプション理論の企業経営への応用」というのは、基本的な思想は近いと考えていいですよね。

 岡田 そうだと思います。特に今その論文を読み返してみると、梅田さんは「確率の世界」という言葉を使っています。まさにこの「確率分布の大きい」世界が「不確実性の高い」世界です。その世界で、コーポレート・ベンチャーキャピタルによって数多くの「実験」を行ない、結果的に総体として高いリターンを狙うというのは、まさにリアルオプションでいうところの「オプション購入のための初期投資」、「ダウンサイドの最小化」、「アップサイドの追求」のことです。シリコンバレーのメカニズムは無意識のうちにリアルオプションの構造を取り入れており、それを梅田さんは自分の言葉で指摘されていたのですね。

 梅田 この論文を書いて以来、日本企業のトップとさんざん議論を繰り返してきましたし、実際に各社で少しずつは色々な試みがなされているのですが、総じていうと、日本企業の経営者はこういう経営手法が好きではありません。特に製造業の経営者の場合、結局、「投資」とか「アップサイド」とか「キャピタルゲイン」が、「働かずして浮利を得るのはよくない」というような情緒的な感情に短絡するので、それを経営全体にうまく活用するということがぜんぜん進まないのです。

 ところで、現在、リアルオプション理論とコーポレート・ベンチャーキャピタルの関係についての研究と実践はどのくらい進んでいるのですか。

 岡田 リアルオプションそのものが投資に関する意思決定ツールなので、コーポレート・ベンチャーキャピタルがあるベンチャーに投資する際のオプションバリューを考えるという視点では、ファイナンスの分野で「ValuationにDCF法でなくリアルオプションを適用する」という研究と実践が進んでいます。しかし、企業戦略の分野で、コーポレートレベルの事業&投資ポートフォリオの構築にリアルオプションを適用している、というどんぴしゃの文献はなかなかありません。

 ただ、今私が注目しているのは、「企業理論」の分野です。これまで企業理論(企業の存在と市場との境界を説明する理論)と言えば、コースやウィリアムソンによる取引費用理論と、90年代に脚光を浴びたケーパビリティやナレッジなどのリソースに基づく視点(RBV: リソースベースドビュー)が主流でしたが、1990年代の終わり頃から企業を「リアルオプションのプール」として捉える考え方が研究の俎上にのぼっています。戦略論の研究者であるコペンハーゲン・ビジネススクールのFossの論文が参考になります。

 これまでは「取引の属性によって一義的に決定する取引費用」や、「組織に内部化しなければ蓄えられないタイプのリソース(インタンジブルなリソース)を排他的に利用する」、という視点で「内部化・外部化」「企業の境界」の議論がなされ、極端に言えばいわば市場か企業かの「二者択一」の世界でした。

 ところが、不確実性が高まると、すべてに対してリスクを自前でとることに企業は耐えきれなくなり、ダウンサイドリスクをゼロにするリアルオプションの価値が出てくるわけです。Fossは、「リアルオプションのレンズを通して見ることにより、外部と内部に峻別できない中間の形態こそが、リアルオプションの創造に最も効果的である可能性がある」と指摘しています。つまり梅田さんの言うコーポレートベンチャリングのリアルオプション性と非常に近いことを指摘しています。

 梅田 ところで、この経営手法(コーポレート・ベンチャーキャピタルで投資したベンチャーの中から自社にフィットしたベンチャーを買収して成長構造を構築する)をフルに活用してきた米国IT大企業が、ネットバブルが崩壊した結果、巨額の評価損を出しています。

 本欄「2001年、IT産業「試練の調整」へ」でも書きましたが、ノーテルは、買収企業評価損などで192億ドルの赤字を出すにいたりました。

 本欄「アンディ・グローブによる足掛け8年の総括(前編)」で取り上げた「Wired」誌によるアンディ・グローブのインタビューの中でも、99年頃から彼は買収価格高騰に嫌気がさしてきたと言います。

 このあたりの事実を踏まえて、この経営手法についてどう総括するのが最もフェアな立場なのでしょうね。

 日本企業は「ほら見ろ、やっぱりそんな浮利を追うような手法には穴があるのだ」とまず直感するでしょうし、アグレッシブな米国企業は、同じことをこれからも繰り返して勝負、勝負と来るでしょう。そのちょうど間くらいで、きちんとした総括をしなければならないなと思っているのですが、研究の世界ではどんな総括をしはじめていますか。

 岡田 研究の世界で総括が始まるのは実践の世界で総括が終わったはるかにあとではないでしょうか(笑)。研究者は石橋を叩いてわたりますから。「ニューエコノミー時代の戦略論をめぐって」の議論で、ポーターがネットエコノミー下での戦略論の価値に沈黙を守り、すべてが見えてきた後で述懐するのは少々ずるい、と梅田さんはおっしゃっていましたが、研究者はそういうものです(笑)。

 梅田 ご紹介いただいた最新の考え方について、私ももう少しよく勉強してみます。

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