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経営を科学的に捉える-リアルオプションを題材に(3)
2001年9月10日[BizTech eBusiness]より
前回に引き続き、「経営を科学的に捉える姿勢」というテーマを「リアルオプション理論の企業経営への応用」という具体例を入れながら、岡田正大さん(慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 専任講師)と議論を続けていきたいと思う。 梅田 前回の議論で、リアルオプションの企業理論(企業の存在と市場との境界を説明する理論)への展開という話題が出たあと、別の話題に移行したせいか、その話が途中で終わってしまった感じがあるので、そこから始めたいと思います。90年代のIT革命、グローバル化、経営技術の長足の進歩などがあいまって、ロナルド・コースが今世紀前半に創始した企業理論そのものが揺らぎ始めたというのは、これからの企業経営にとって非常に重要な問題だと考えていますが、いかがでしょうか。 岡田 企業理論そのものが揺らぎ始めたというと、「各方面」より色々ご意見が出そうですが、とにかく前回の対話で申し上げたように、「企業vs市場」という2元論で企業を説明することには無理があります。これは戦略的アライアンスや「ビジネスエコシステム」といった現象を見ても直感的に分かることです。たしかにコースの企業理論を取引費用という視点から発展させたウィリアムソンも、そのことには気付いており、市場と企業の中間形態として「ハイブリッド型」の企業組織の有効性を指摘しています。ただここで想定されているのはあくまでも戦略的提携とか、JV、日本のケイレツのような関係性に基づく協調行動(自動車メーカーと部品会社など)を指しています。そこにリアルオプション的な「高い不確実性を活用してより大きなアップサイドを狙う」という発想はありません。 不確実性をめぐって取引費用理論とリアルオプション理論を対比すると面白いです。前提として、取引費用理論で言う不確実性は、「取引相手が自社の足元を見て機会主義的に行動するかもしれない」という不確実性で、リアルオプションが想定する不確実性の中の小さな補集合なのですが、両理論は不確実性に直面した企業にちょうど「逆」の行動オプションを示唆するのです。取引費用理論によれば不確実性に直面した企業は、不確実性を抑圧して解消する為に「対象企業の内部化(支配的所有割合で飲みこむ)」を示唆し、リアルオプション理論に従えば「不確実性の高い対象は支配的持ち分で内部化することなく、ある一定の距離を置いてまずは不確実性の源泉を学習すべし」という示唆をするのです。 梅田 「企業理論そのものが揺らぎ始めた」という表現は適切ではなかったかもしれません。私が言いたかったポイントは、企業の存在の根底を定める理論そのものが議論の対象になってきたということは、現実の企業経営において、より早く、全く新しい考え方を導入していかざるを得ない状況が生まれているのではないかということです。米国ハイテク大企業の90年代に入ってからの経営革新は、ものすごいものがありましたが、それはすべて、この企業理論の根底における変化と、表裏一体のものだと思うのです。 岡田 梅田さんのおっしゃっていることは、「おそらく米国ではそうした根本的な考え方にまで、非常に速いスピードで『革新・再評価』の作業が行なわれているが、日本ではそうした核心部分の『改革スピード』が極端にのろいというか、その部分に手をつけるという発想すら浮かばない企業が多い」ということですか。 梅田 というよりも、米国企業が、極めて激しく変化する事業環境の中で、経営の先入観や不文律をなしにして、真剣な競争(ときにはサバイバル競争)を繰り広げたために、そこで無意識のうちに、理論に裏打ちされていない経営手法が登場してきたのだという気がします。理論よりも現実の変化のほうが先行していて、現実の変化に適応しようとした企業の斬新な経営(ときには瑕疵もあった)を、理論が後から追いかけていくみたいな感じが米国にはあります。 一方、日本企業は、ファースト・プライオリティ(最優先事項)が、「競争」とか「サバイバル」とか「勝つ」とか、そういう絶対的なものではなく、「これまでのやり方をできるだけ残しながらその範囲でできることをやる」という姿勢(そこには環境変化とか他者が存在していない)なので、改革にスピード感が出ないということなのでしょう。 岡田 なるほど。たしかに経営にまつわる理論は事象の積み重ねを観察して導き出されるものなので、現実の経営革新スピードが理論の発展を上回るのはごく自然です。米国ではこうした『これまでの理論では十分に説明できない企業行動』がどんどんと出てきている、ということなのですね。しかし、それは新たな経営理論や科学的考え方を経営に積極的に取り入れるべきだ、ということと齟齬をきたしませんか? 梅田 両面で進んでいくのでしょう。特に90年代後半の5-6年は、企業経営の方がとにかく本当に激しく動きましたので、様々なことが試されました。それがこれからきちんと理論化されて、正しかった仮説と誤っていた仮説が峻別され整理されていくのではないかと思います。 ところで、以前、岡田さんの師匠のバーニー教授が、「突き詰めて言うと、リアルオプションとはflexibilityとlearningがキーコンセプトだ」と言っておられたという話を伺いました。そのあたりについてちょっと補足していただけませんか。 余談ですが、英語という言語はこういうびしっとした概念を語るのに本当に向いている言語だなぁ、と思いますね。日本語で「リアルオプションとは柔軟性と学習である」と言っても、何のこっちゃ、という感じになってしまうものねぇ。今、バーニーの教科書を翻訳しているそうだけれど、そういうことで悩むことはありませんか? 岡田 2つの問いを発せられているので、まず『リアルオプションとはflexibilityとlearningがキーコンセプトだ』というcontentsから。この文意を正確に申し上げます。彼が意味していることは、リアルオプションという考え方(前回説明済み)を高い不確実性の下での『戦略発想の視点』として捉えた場合、そのような思考ができる企業は、『不確実性が解消するにつれて、企業価値を最大化するよう行動を柔軟に変化させられるという、行動オプション』を保有でき、それが競争優位をもたらす、ということが1つ。次に『学習』に関しては、リアルオプションをリソース・ベースト・ビュー(各企業のユニークな経営資源に競争優位の源泉を求める考え方)の立場から解釈すると、リアルオプションには前者の『柔軟性』による優位だけでなく、オプションを保持していると、その間にそのオプション保持者にしか得られないナレッジ(擬似インサイダーとして)が学習できるので、それが競争優位の源泉になる、ということです。実際のところ両者は絡み合っていますが。 2つ目の英語と日本語の問題ですが、日夜悩みぬいています(笑)。例えば、戦略の定義で、「戦略とは、“compete successfully”するために各企業が持っている理論である」という文章が出てきます。梅田さんならどう訳しますか? 梅田 英語の話などして墓穴を掘ったかな。その原文を全部、英語で教えてください。ちょっと考えます。ところで、今指摘されたバーニー教授のポイントは、間違いなくコーポレート・ベンチャリング戦略の意義とも一致していると思います。 岡田 「原文は至極単純で、“A firm's strategy is its theory of how to compete successfully."というものです。『成功裏に競争する』では全然ピンと来ない。『競争に勝つ』では競争の結果だけに焦点が合ってしまって、競争のプロセスをうまく進める、というニュアンスが飛んでしまう・・・。編集者の方とはいったん『競争に勝つ』としておいて、また考えましょう、ということになっています。その後、この本では、compete successfullyという概念を説明するために、競争優位、競争同位、競争劣位といった企業performance(これまた日本語にしにくいので熟慮中!)の概念を導入して行くのです。 梅田 『ある企業の戦略とは、その企業が「いかに競争に成功するか」について有すべき理論のことである。』という感じかなぁ。「競争に勝つ」よりも「競争に成功する」のほうが、原文に近いような気がしますね。また部分的に意訳すると、そこだけはわかりやすくなっても、本一冊の中で必ず齟齬をきたすから、ややわかりにくくても原文に忠実にしておかないと、ぐずぐずになってしまうしね。ただ、いずれにせよ、ある種のことは、英語でまるごと理解しないとまずいということがありますね。 岡田 本当にそうです。私が博士課程にいたとき、日本語ではさっぱり分からなかった統計学が、英語のテキストで学んだらあっという間に理解できたってことがありました。 ところで梅田さんの訳語は「競争に成功する」、ですか。なるほど。たしかに原文に忠実にした方が、「読み進むにつれて分かってくる」という本書のしくみにうまく合うので、こうした原文に忠実な訳の方が良いかもしれませんね。ただ、同じ言葉でも、本の最初と最後では意味合いが違ってくる、ということもあります。読者の理解が進んでいくにつれ「この語の意味はこう変化して理解されているはずだ」、というようなこともあります。ということは、この戦略の定義は本の冒頭ですから、敢えて原文通りの直訳で「分かりにくい定義」の方が正しいのかもしれません。だんだん経営戦略とは違う話になってしまいました。 梅田 今回は議論が何だか発散してしまいましたが、全3回の連載討議を締めくくるコメントがあればお願いします。 岡田 今回の議論では、1)経営の根本に合理的思考方法を取り入れよう、ということと、2)リアルオプションという実物資産への投資意思決定ツールを拡張し、『戦略発想の視点』としてとらえなおそう、という大きく言って2つのイシューを議論出きれば、と思っていたのですが、曲がりなりにもほぼそれらを多少は議論できた気がします。しかしさらに考えるべきこととして明らかになったのは、日本企業の意識の奥底に眠っている反合理性のようなものをどう解決していくか、ということでしょうか。研究者として特に興味深かったのは、今重要性を帯びているコーポレート・ベンチャリングとリアルオプション的戦略発想の視点が高い整合性をもっていることを確認できたことです。訳語の問題は引き続き悩みの種ですが。 梅田 どうもありがとうございました。またやりましょう。 ■
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