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「野球への愛」に溢れた5作品でメジャーリーグをさらに楽しむ

2005年8月2日[日経ビジネスAssocie]より


 3歳のときに父からキャッチボールとスコアブックの付け方を教わった。それ以来の野球好きである。ただ20歳のときに父が急死してからは、野球への情熱はいっとき封印して、自らのサバイバルを最優先事項に生きてきた。1994年10月、34歳のときに渡米したが、ちょうどその年はメジャーリーグがストライキ中で、ワールドシリーズは開催されなかった。翌95年から野茂英雄投手が大活躍を始めたが、まだその封印が解けずにいたため、身近で起こったせっかくの素晴らしい出来事だったにもかかわらず、横目で眺めるくらい。97年に独立して、シリコンバレーで会社を興してからはますます忙しくなり、野球を楽しむ精神的余裕が全くないままの生活が続いていた。

独立して一年半後の98年秋。東京出張中に親友が「この本を読むといい」と「野球術」を薦めてくれた。帰途のサンフランシスコ行きの飛行機の中で、私はむさぼるようにこの本を読み、

「おい、もうそろそろいいんじゃないか」

という親友の暖かい「声」を聞いた。そして飛行機を降りるときには三つの決心をしていた。一つ目は、翌年のサンフランシスコ・ジャイアンツのシーズンチケットを手に入れること。二つ目は、大画面テレビと衛星放送で、全米で毎日行われている15試合をほぼすべて見られる体制を自宅に作ること。三つ目は、翌年の開幕までにメジャーリーグに関する本をたくさん読むこと。

野球への愛を理と情で語る

 かくして99年からの私のアメリカ生活は、「野球術」という素晴らしい本との邂逅によって、潤いに満ちたしっとりとしたものに変貌したのだった。

 「野球術」は、熱狂的野球ファンで政治評論家のジョージ・ウィルが、四人の野球知性に密着取材して現代野球の神髄を解き明かした不朽の名著である。トニー・ラルーサ(監督通算勝利数歴代四位、現セントルイス・カージナルス監督)の「監督術」、オレル・ハーシュハイザー(59イニング連続無失点のメジャー記録保持者)の「投球術」、トニー・グウィン(首位打者8回獲得)の「打撃術」、カル・リプケン・ジュニア(不滅の2632試合連続出場メジャー記録保持者)の「守備術」の四部構成で本書はできあがっている。原著「Men at Work」は1989年に書かれ、私がこの翻訳を読んだのがその9年後。ウィルが執筆時に取材対象として選んだ四人は皆、10年後もメジャーリーグの中心人物として大活躍していた。それがまさにウィルの慧眼を物語っている。

さらに過去にさかのぼってのベースボール・ライティングの金字塔は、ロジャー・エンジェルの「シーズンチケット」をはじめとする一連の著作だろう。ジョージ・ウィルが「野球への愛」の「理」の部分を体現するのだとすれば、ロジャー・エンジェルの「野球への愛」は「情」に溢れている。息子と二人で並んで試合を見ている父親が「野球とは何なのか」を熱心に語りかける光景を、球場でじっと見つめているのが好きだ。エンジェルの本を読むと、そんな世界に自分が息子として入り込んだような幸福な気分になる。

この二冊は、過去の名選手や名監督の固有名詞を知らなくても、野球について読んで楽しめる普遍性があるが、まずは同時代の日本人選手を通してメジャーリーグを楽しむのが早道だろう。2001年からメジャーリーグに移り大活躍を続けるイチローについての本は数多く出ているが、昨年の年間最多安打新記録までをカバーしているという意味で、最新刊「イチロー 果てしなき夢」をお薦めしておきたい。

野球を真に楽しめるかどうかのカギは、「神が宿る細部」をどこまで深く見ることができるかにある。野球がいかに小さなことの積み重ねであるか、イチローがどれほど野球を愛しているか。子供にも読めるわかりやすい文章で包括的に書かれている好著だ。

企業化精神が根ざす米野球

そして球団経営という観点から現代野球の本質を抉り出したのがマイケル・ルイスの「マネー・ボール」である。野球の統計数字を徹底研究することで「野球に勝つためには何をすべきか」についての考え方を一新し、貧乏球団(オークランド・アスレチックス)が低予算で強いチームを作り成功する物語。日本の野球界と違い、メジャーリーグには経営という概念と企業家精神が深く根ざしており、そのことがメジャーの繁栄を下支えしていることが読み取れる。

日々のメジャーリーグ情報にネットを活用している読者も多いと思うが「これを毎日読めばあなたもプロ」という決定版サイトは「The Hardball Times」http://www.hardballtimes.com/である。私もこのサイトを発見したときは正直なところ驚いた。ディープな野球エッセイが毎日更新されているからだ。アメリカにおけるメジャーリーグ・マニアの層の厚みは半端じゃないのである。

「ねぇ、アメリカに永住するの? 日本には帰ってこないの?」

こうよく聞かれる。地球上の距離という概念がだんだんになくなっていくインターネットの時代だ。「仕事だけならどこに住んでいてもできるな」という予感が日に日に強まっていく。でもアメリカにしかメジャーリーグはないからなぁ。私が10年先もアメリカに住み続けているとすれば、きっとそれが理由なのだろう。

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